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彼と彼女とエトセトラ

鋼の錬金術師の二次創作小説です。主にロイアイ小説となっています。作者様・出版社様・その他関連団体様とは一切関係ありません。 興味のない方お嫌いな方はご遠慮ください。 なお、文章の無断転載・配布等は禁止です。

届け|大佐と中尉 

-2019年7月~12月

 届け。

 ふと視線を感じて顔をあげると、彼と目が合った。
「なんですか?」
 訝しげにそう訊くと、彼は一瞬ぽかんとした。
「なんでもない」
 そう言って目を伏せ、彼は仕事に没頭し始めた。
 リザは首を傾げたが、職務に励む上司は大歓迎だったため特に気に留めなかった。

「君、超能力でもあるのか?」
 再び視線を感じて顔をあげると、彼は至極真面目な顔でリザにそう訊いた。
「はあ?」
 思わず食事の手が止まった。
「好きだー!と念じて君を見るといつも目が合う」
「気のせいじゃないですか?」
 リザは肩をすくめて食事を続けた。
「視線には敏感かもしれませんね。軍人なので」
「それだけじゃないぞ。たとえばこれだ」
 そう言って彼はフォークに刺したハンバーグを目の高さまで掲げた。
「ハンバーグがどうかしましたか?」
「大好きだ」
 彼は大きく口を開けると、豪快にハンバーグを頬張った。
「うまい」
「よかったです」
「ハンバーグが食べたいな-、と思ってたんだ。なんでわかった?」
「知りませんよ。偶然です」
 そうかそうか、やっぱり愛し合ってると通じ合ってるんだな、と彼はへらへらと目尻を下げた。

「好きだ」
 後片付けをしているリザを背中から抱きしめながら、彼は言った。
「はいはい、私もですよ」
 素っ気なくそう言って、リザは食器を洗い鍋を洗い、布巾で水気を拭ってそれらを手際よくしまった。
 その間彼はずっとリザの背中にくっついていた。
「大佐、邪魔です」
「伝えられる時に伝えとかないと、伝えたいときに伝えられないかもしれないだろ」
「意味が分かりません」
「昔、伝えたいときに君がいなかったから『届け』って念じてたんだ。届け!きみに届け!ってな。届いたか?」
「届くわけないでしょう。乙女ですか」
「君のそういう容赦ないところも大好きだ」
 リザは彼の額に手を当てて、ぐいっと強引に身体を引き離した。
「そういえば私も思ったことあります。届け、って」
 ケトルを火にかけてお茶の準備をしながら、リザは言った。
「なんだ、君も私に『好きだ』って言いたかったのか?」
「まさか」
 茶葉の香りを吟味しながら、リザはあっさり否定した。
「手が届けばいいのに、って思ってただけです?」
「どこに」
「あなたの手があなたの夢に」
 ぽかんと彼は棒立ちになった。
「・・・いつの話?」
「子どもの時ですよ」
 茶葉にお湯を注ぎ、カップを温めながらリザは言った。
「夢を語るあなたが素敵に見えたんです。たぶん錯覚でしょうけど」
「なにげにひどいこと言うな!」
「そういえば父のお墓の前でも素敵に見えました。見る目がなかったんでしょうね」
「ちょっ!リザさんひどい」
「子どもの憧れなんてそんなものです」
 紅茶はいりましたよ、とリザは促したが、彼は不満そうにふてくされていた。
「そんなに落ち込まなくても」
「君の言うことは地味にダメージを受けるんだ」
「思うだけでは届かないって教えてくださったのはあなたですよ」
 不思議そうに顔を向けた彼の唇に軽く触れて、リザは微笑した。
「あの頃より今の方がずっと素敵ですよ、大佐」
 不意打ちで告げられた告白に、柄にもなく彼は赤面した。
 からかうように、リザはつっと指で彼の頬をなぞった。
「いつか夢に手が届くまで、ちゃんとついていきますからね」
「君、ときどきすごい破壊力の愛をぶつけてくるな」


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届け|Roy side 

-2019年7月~12月

 夕立に降られて、目に付いた商店の軒先で雨宿りをした。
 地面から立ち上る雨の匂いは、似ても似つかないのに、あの町の土の匂いを思い出させた。

 買い物に出かけたリザが帰ってこない。
 読んでいた本から顔をあげると、雨の音に気づいた。
 激しい雨が窓を叩いていた。なぜ気づかなかったのか不思議なくらいだ。
 立ち上がって外を見てみると、地面はぬかるみ、沼のようになった水たまりから、分岐した水路のように泥水が流れていた。
「あ、洗濯物」
 今さら遅すぎる気もしたが、ロイは慌てて庭の物干しを確認した。どうやらリザが出かける前に取り込んでしまったらしく、ロイはホッとした。
「リザ、傘もってたっけ?」
 出かけてきます、と声をかけられたことは覚えていた。しかしすでに読書に没頭していたロイはおざなりに手を振っただけだった。いってらっしゃい、と言ったかどうかも定かでない。当然、リザが手に傘を持っていたかどうかなどまったく記憶にない。
 とりあえず迎えに行こうか、とロイは傘を2本手にとった。
 もしリザが傘を持っていったなら、途中で出会えるだろう。
 傘がなければければ、どこかで雨宿りして雨がやむのを待っているのかもしれない。
 どこかのお店の軒先とか、せめてちゃんと雨がしのげる場所にいればいいのだけれど。
 足下の悪さに閉口しながら、ロイは土砂降りの雨の中をへっぴり腰で歩いた。
 ぬかるんだ山道は、少し油断しただけでもずるりと滑ってその都度ひやりとする。
 それに上から降ってくる雨は傘でしのげても、地面で跳ねて足を濡らす雨は避けようがなかった。一応履いていたレインシューズもほとんど意味がなく、雨と泥でそのうち靴の中までぐしょぐしょになった。歩くたびにずぶずぶと靴下が嫌な音をたてた。
 緩い下り坂をてくてく歩いていくと、ちょうど山道の入り口あたりにリザがいた。
 横に長く枝を伸ばした木の下で、途方にくれたように空を見つめていた。
 町に戻るには遠すぎ、家に帰るには距離がありすぎたらしい。
 リザが濡れた髪を鬱陶しそうにかきあげると、肌にぴったりと張り付いたブラウスが透けて下着が見えた。
 ロイは目を瞠って立ち止まった。
 あらためて見てみると、やせがたで子どもじみていると思っていたリザの身体は、いつの間にかまろみを帯びて女性らしくなっていた。胸も膨らんでいるしウェストが細く腰回りも肉付きがいい。自分の肩より下だった身長もいつの間にか伸びていて、そういえば最近はしゃべるときに目線を下げていない。
 こくり、とロイは喉を鳴らした。
 小さな女の子だと思っていたリザが、女性だという事実に初めて気づいた。
 自分の心臓の音が耳鳴りのように響いている。首筋を流れるものが雨なのか汗なのか判別がつかない。
 ロイが呆然と立ち尽くしていると、ため息をつきながら山道に目を向けたリザと目が合った。
 とたんに花のような笑顔が広がり、いつもの見慣れたリザになった。
「マスタングさん」
「うん」
 ようやく金縛りのとけたロイはゆっくりリザに近づいた。
 痛いほど高鳴っていた心臓は、あっさりと落ち着いた。
「迎えにきた。やっぱり傘もってなかったか」
「家を出たときはいいお天気だったんですよ」
 子どもっぽい顔で、リザは口を尖らせた。
「お店出たとき、ちょっと暗くなってたから急いだんですけど。やっぱり急に降り出しちゃって」
 透けて見える下着に気をとられないよう注意しながら、ロイはリザに傘を渡した。
「歩きにくい」
 すっかり泥だらけになってしまったスニーカーで、リザは山道を先に立って歩き出した。
「でもいい頃合いですよね」
 そう言ってリザは笑った。
「何が?」
「庭のお野菜。最近雨が少なかったから心配してたんです」
「毎日水やりしてるじゃないか」
「そうですけど。やっぱり雨は必要ですよ」
 それからリザは延々と庭の夏野菜の話をしていたが、ロイの耳にはほとんど入らなかった。

 それから何年も後、あの山道を駆け上って迎えにいった家に彼女はもういなかった。
 彼女の行方を辿る術はなく、渡した連絡先にもなんの音沙汰もない。
 こんな夕立の日は、木にもたれて髪をかきあげていた彼女を思い出す。
 裸の背中を晒されたときは何も感じなかったのに、なぜかあのときだけ、ロイは彼女を女性として強く意識した。
 ちゃんと伝えればよかった。今さら何度もそれを悔やむ。
 妹ではない。女性として、ロイは彼女が好きだった。
 あの時はそれに気づかなかった。最後に彼女に会ったとき、自分は錬金術に夢中でそれ以外目に入らなかった。
 もう無理なのだろうか。
 濡れた額を手で拭った。店の壁に背中を預けて、灰色の雲を見上げた。
 好きだったな、と独りごちた。言葉にして改めて恥ずかしくなり、周囲に誰もいないことをそっと確認した。
 好きだな、と言い直した。
 伝えればよかった。宙ぶらりんの気持ちの置き所がなくて途方に暮れる。
 風船にでもつめて飛ばしてしまおうか。
 子どもじみた発想が浮かんできて、ロイは自嘲した。
 届けばいいな。
 空を見上げて祈った。届かないことは承知の上で。
 とどけ。


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届け|Riza side 

-2019年7月~12月

 世界は色で溢れていた。
 
 週の半分以上雨が降る季節を通り過ぎると、土の匂いが濃くなる。
 早朝の太陽が目を刺すほど眩しくなり、家の前の石畳に打ち水をするとうっすらと陽炎が立ち上った。
 家から学校まで15分ほどの距離を歩くだけで、額や首筋に汗が滲む。たっぷりの氷とキンキンに冷えた麦茶の入った水筒は昼前には空になり、そのあとは蛇口から直接水を飲んで喉を潤した。
 勢いよく水の出る蛇口に、友人がふざけて手を当てた。当然のように水しぶきがあたりに散り、リザも友人もびしょ濡れになった。バカ!とリザは友人を叱って追いかけ回す。濡れた髪も服も、夏の日差しであっという間に乾いた。
 夕方になると、父親の元で錬金術を修行中の少年がリザを迎えに来た。
 リザより少し年上の彼は、知的で大人っぽくて、とても優しかった。
 笑うと目がなくなりそうなほど細くなる。頼りがいがあるかと思いきや、意外に抜けているところも多かった。買い物を頼むと何か1つは忘れてくる。一度買い物そのものを忘れて両手に本を抱えて帰ってきたこともあった。
「ごめん!本屋に入ったら夢中になっちゃって!」
 両手を合わせて必死で頭を下げる彼を見ていると、口元がむずむずする。叱りたい、と思うのだが実はそれほど怒っていない。しょうがない人ですね、と呆れておしまい。手を繋いで一緒に買い物に行くと、彼は「お詫びのしるし」と言って自分のお小遣いからリザにプリンを買った。
 物心ついてからずっとセントラルで暮らしてきたという彼は、リザの住む町をいつも珍しげに眺めている。
 木の幹に大量にへばりついた蝉の抜け殻を、こわごわと指でつついたりする。面白半分にリザが指で摘まんで彼の髪にひっつけると、彼は悲鳴をあげて「とってくれ!」と叫んだ。
 空から振ってくるような蝉の声に、彼は辺りをきょろきょろと見回した。
「すごい声なのにどこにいるんだろうな」
「どこに、って。この木にもそっちの木にも向こうにもたぶんたくさんいますよ」
「本当?」
「ほら、あそこの枝に3匹いるじゃないですか。クマゼミとアブラゼミですね。あ、上にもいますよ」
「見ただけで何の蝉かわかるの?」
「大きさも羽の色も違いますよ。茶色い方がアブラゼミ、羽が透明で大きいのがクマゼミ」
「・・・わからん」

 裏庭の夏野菜が花をつけた。
「すごいな」
 彼は目を丸くした。
「黄色い花ばっかりだけどこれは何?」
「こっちはトマト、その隣がキュウリ、その向こうはカボチャですね」
「・・・同じに見える」
 それから彼は紫の花の方に目を向けた。
「こっちは分かるぞ。ナスだな」
「そうですね」
 彼はそっと花に手を伸ばそうとした。リザは止めようとしたが、それより早く「っつ!」と一声あげて彼は手を引っ込めた。
「なんだ!ちくっとした!」
「けっこう棘が多いから触っちゃだめですよ」
 リザは笑いながら彼の手を取った。
「大丈夫ですか?」
「うん。びっくりした」
 そう言って彼はナスの花をまじまじと見つめた。
「ナスってトゲトゲしてたのか」
「ナスの実もガクのところがトゲトゲしてますよ」
「知らなかった」
「収穫の時は気をつけないと。マスタングさんも手伝ってくださいね」
 もちろんだ、と彼は笑った。少なくとも夏野菜が収穫できるくらいまでは、彼は側にいてくれるらしい。
「マスタングさんは錬金術師になるんですか?」
 そうだといい、と思いながらリザは訊いた。
 修行にどれくらいかかるのかわからないけれども、一朝一夕でそれが成し遂げられないことは父を見ていれば知っていた。
 しかし彼は首を振った。
「いや、俺は軍人になるんだよ」
 雲一つない澄み渡った青い空を見上げて、彼は言った。
「ここで2年勉強したら、士官学校を受験しようと思うんだ」
 士官学校、とリザは繰り返した。
「国家錬金術師って資格を取ると一足飛びに出世できるんだ。そしたら特別手当もつくし、世話になった養母に恩返しもできる」
 いいこと尽くしだ、と笑う彼の顔はとても眩しかった。
 あと2年。胸の内でリザは呟いた。
 彼が来てくれて、リザの毎日はとても楽しくなった。毎日が彩りに満ちている。
 この日々がずっと続けばいいと思っていたけれども。
 リザも空を見上げた。もう何年も、きちんと空を見上げていなかった。
 お天気の確認をすることはあっても、空がきれいだと思うことを長いこと忘れていた。
 世界はこんなにも鮮やかだった。毎日見ていたのに、リザには見えていなかった。
 彼がそれを教えてくれた。
 だったらそのお礼に、とリザはこっそり決意した。
 自分は彼の夢を全力で応援しよう。
 彼にとって、リザの家は夢の通過点なのだろう。
 それでいいと思う。彼の優しい声も、彼の大きな手も、彼の笑顔も、それはリザ1人に向けられるべきものではないのだろう。
 あと2年。心の中でリザは繰り返した。それが過ぎたら、リザは彼の背中を笑顔で見送ろう。
 彼の望む場所に彼が到達できるように。
 とどけ。


 

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ドッグタグ 

-2019年1月~6月

 マスタング准将の首には2人分のドッグタグがぶら下がっている。
 そんな噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、彼が東方司令部に戻り、イシュヴァール政策に着手し始めた頃だった。
 殉職した親友のものらしい、という説が有力だったが、誰かが確認したわけではない。
 真偽も出どころも不明なこの噂は、1年を過ぎる頃には司令部内で知らない者はいないほど周知されていた。
 彼の優秀な副官であり、同棲中の恋人でもあるリザ・ホークアイもこの噂は知っていた。
 しかし彼女の立ち位置から知りうる情報に基づき、特に気にとめることではないとリザは判断していた。
 まず、彼の首にドッグタグは2つかかっていない。
 改めて言うほどのことでもないが、彼のコートや上着を着せたり脱がせたり、襟元やネクタイを直したりするのはもはやリザの生活の一部だった。さらに言えば、彼はリザの前で着替えることに躊躇しないし、疲れただの癒されたいだのと言い訳しながら、職場でもプライベートでも平気でリザを抱きしめた。彼の首元にドッグタグは1組のみ。おそらく彼自身よりも多く、リザはそれを目にしている。
 もう一つ、彼の親友のドッグタグは形見として遺族の手にある。他の遺品とともに、上官がそれを手渡した場にリザも同行したのだから間違いない。
 特に名誉に関わるようなことではないため、リザも彼も噂は噂のまま放置していた。
 しかしこの噂は時を経てなお、立ち消えになるどころかより一層鮮明に、周知の事実として司令部で語られていた。


「リザ」
 2人で夕飯の食器を片付けた後、ソファに並んで座ってロイの淹れた紅茶を飲む。
 いつの間にか日常になっていた習慣だったが、今日のロイはいつになくそわそわしていた。
「どうかしましたか?」
 最近重たくなってきたお腹を支えて座りながら、リザはロイを見つめた。
 先日籍を入れてからというものの、ロイはこれまで以上にリザに過保護だった。
 無理をするな、1人で行動するな、何かあったらすぐに電話しろ。
 大丈夫ですよ、とたしなめるリザに対して、彼はいつも「心配なんだ」と頑な態度を崩さなかった。
 今度も何かお説教の類だろうか。
 身構えたリザの手に、ロイは黙ったまま優しく触れた。その手を開き、何かをリザの手にのせて握らせる。
「なんですか、これ?」
「お守り」
 照れたようにそっぽを向いて、ロイはぼそりと言った。
 リザは手を開いた。
 見覚えのある、というより非常に見慣れたそれにリザは戸惑った。リングに通したシルバーのプレートが2枚 。
「ドッグタグ?あなたのですか?」
「半分正解」
 リザはプレートの文字を確認した。
 1枚は確かに「ロイ・マスタング」と打刻されていた。階級は大佐。
 そしてもう1枚。
「リザ・ホークアイ?」
 リザは呟いた。階級は中尉。
 昇進時に軍に返却したはずのこれが、なぜここにあるのか。
 説明を求めてロイの方に顔を向けると、彼は肩をすくめた。
「どんな宗教でも安産祈願というのはメジャーらしいんだが。今さら神頼みというのもらしくない気がしてな」
「いえ、そうではなくて」
「だからお守りだよ」
 そう言って彼は、ドッグタグの上からリザの手に自分の手を重ねた。
「あの約束の日を2人で生き延びた証としてね。手元に置いておきたかったんだ」
「噂は本当だったんですね」
 リザが笑うと、ロイは少し眉を寄せた。
「総務の子には口止めしたんだが。どうにも人の口に戸は立てれんらしい」
「私がいただいてよろしいのですか?」
 お守りなんでしょう?
 そう問いかけると、彼は得意げにニヤリと笑った。
「実はもう1組ある」
 ロイは同じようにリングに通したドッグタグをポケットから取り出すと、リザに見せつけるように掲げた。
「お揃いですね」
「そっちは私の魂の一部だ。ちゃんと念を込めておいた」
「じゃあ貴方が持つ方には私が魂を込めておかないと」
 リザは両手で彼の手とともにドッグタグを包み、念を込めるように額をつけた。
「ありがたいけどね。先に私に祈らせてくれよ」
 ロイはリザの耳に低い声で囁くと、ゆっくりその指をほぐすように手を解いた。
「君と子どもたちが健やかでありますように」
 ドッグタグを持つリザの手をとり、彼は祈るように口づけた。

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サプライズ|おまけ 

-2019年1月~6月

「中尉、これあげます」
 暗い表情で出勤してきたハボックは、自分のデスクにつくよりも早くリザのところにきた。
「なにこれ?」
 差し出された封筒を開いてみると、アクアランドのチケットと特急列車の乗車券が入っていた。
「・・・振られたの?」
「ええ、まあ。ていうか、その・・・」
「何?」
「泊まりは無理って」
 ハボックはため息をつきながら、ドサッと椅子に座った。
「えー・・・と、付き合ってたんでしょ?」
 躊躇いがちにリザがそう訊くと、ハボックは力なく頷いた。
「付き合ってました」
「どれくらい?」
「2か月くらい」
「微妙ね。親密度にもよるかしら」
「相談もなく泊まりの予定立てて、汽車もチケットもホテルも予約済みとかちょっと引くって。これ、振られてます?」
「振られてるな」
 容赦ない言葉でばっさりとハボックを切り捨てて、マスタングはリザの手からチケットを取りあげた。
「日付は・・・2週間は先だな。おい、ハボック。特急券は駅で払戻してもらって、アクアランドは駅前の金券ショップで売ってこい。ホテルの予約もキャンセルしとけよ」
「大佐。俺、結構傷ついてんっすよ。そんなてきぱき失恋の事後処理言わんでください」
「女々しいやつだな。中尉、代わりに失恋の事後処理してきてやってくれ」
「わかりました」
 チケットを手にリザが出て行くと、マスタングは放心しているハボックの背中を軽く叩いた。
「まあ、あれだ。何ごとも事前に要相談、ってことだ」
「勉強になります」

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サプライズ|6 

-2019年1月~6月

 ロイに連れてこられたのは、高級ホテルの最上階スイートルームだった。
 リビングのテーブルには、ボリュームある赤いバラのバスケットアレンジメントが飾られていた。
 てっきり高級レストランに連れて行かれると思っていたリザは戸惑ったが、他人の目に付かない2人きりの空間は心地よかった。
「食事はルームサービスを7時半に予約してある」
 飽きずに夜景を眺めていたリザを背中から抱きしめながら、ロイは耳元で囁いた。
「その前にバーで1杯どうかな」
「素敵ですね」
「あとこれ、プレゼント」
 ロイはポケットから出したプレゼントを、そっとリザの手の中に握らせた。
「開けてみても?」
「もちろん」
 それはピアスだった。吸い込まれるように鮮やかなネオンブルーのピアス。
「ありがとうございます。きれいですね」
「そうだろう。テーブルのバラもプレゼントだ」
「きれいですけど大きいですよ。持って帰るの大変じゃないですか」
「大丈夫。ホテルに郵送サービスを頼むから」
「手回しのいいこと」
「まあね」
 そう言ってロイは リザの頤をつかんで無理にこちらを向かせ、軽く口づけた。
「・・・君の服」
 ロイはリザの肩から背中にするりと手を滑らせた。
 それだけで官能が刺激されて、リザはふるりと震えた。
「こんなの持ってたかな」
「買いました。どうですか?」
「似合ってる」
 リザはシンプルなネイビーのワンピースにゴールドのカーディガンを着ていた。
 耳にはドロップタイプの1粒ルビーのピアス。首元を彩るネックレスは華奢なゴールドチェーンにこちらも1粒ルビーがついたもので、シンプルながら品がよく、白い首にとても映えていた。
「このネックレスとピアス、君が選んだのか?」
「そうですよ」
「なんでルビーなのか訊いても?」
「聞きたいですか?」
「実はちょっと自惚れた予想をしてるんだがどうかな?」
「あなたの自意識過剰には呆れますけど、悔しいことにたぶん当たってます」
「私の焔の色?」
「・・・そうです」
 目を合わせるのが恥ずかしくて横を向こうとしたが、彼の手がそれを阻んだ。
「ふうん。楽しかった?」
「何がですか?」
「私が喜ぶかどうか考えながら準備したんだろ?」
 得意げな顔でそう指摘する男を、リザは目を眇めて睨んだ。
「嫌な人」
「すまない、調子に乗った」
 彼は両手でリザの頬を包んで、瞳を覗き込んできた。
 寄せられた唇を素直に受け入れる。ぴったり密着した胸に響く鼓動がどちらのものなのか、判断は付かなかった。

「実はデートプランを少し変えた」
 彼はウィスキーを、リザは軽めのカクテルをバーのカウンターで飲みながら、彼はそんな風に言った。
「言わなければわからないのに。どう変えたんですか?」
「当日まで内緒の予定だったが3週間前に誘うことにした」
 リザが苦笑すると、彼も恥ずかしそうに笑った。
「ハボックを笑えんな。でもあいつのおかげで考えるきっかけになった」
「何をですか?」
「女性はサプライズを喜ぶか否か」
 そう言って彼は肩を竦めた。
「結論、サプライズじゃない方が喜ぶ」
「断言しましたね」
 意外な面持ちでリザがそう言うと、彼は頷いた。
「うん、君が楽しそうだったから」
「そうですか?」
「この3週間、君ずっと機嫌がよかっただろう?」
 その言葉にリザは目を見開いた。
「デートが楽しみなのは私だけじゃないんだな。当たり前のことなのに失念してた自分が恥ずかしいよ」
「私の機嫌がいいかどうかなんてわかるんですか?」
「わかるね。鼻歌交じりにスキップしそうだった」
「冗談ですよね?」
 目を剥いてリザが詰め寄ると、ロイは澄ました顔でリザの鼻に軽く指で触れた。
「いつも以上に仕事の手際がよかったし、いつもよりコーヒーがおいしかったし、早めに仕事切り上げて風のようにいなくなるし、いつもと化粧が違ったし、髪もきれいになったし」
「そこまでわかります?化粧は薄めにしてたつもりですし、髪はいつもあげてるのに?」
「薄くてもいつもと違う色ならすぐわかる。髪だって確かに仕事中はわかりにくいけど、よく見ればちゃんと気づくよ」
 確かに楽しみにしていたことは事実だが、そこまでばれていたのかとリザは少し恥ずかしくなった。
 同時に少し嬉しくもあった。
 そんな些細な変化に気づくほど、彼は自分を見ている。
「楽しかったですよ」
 少々癪ではあったが、リザは認めた。
「この3週間ずっとあなたのことばかり考えていました。楽しかったです、とても」
 珍しく率直に直球の愛を伝えると、彼は驚いたように目を瞠ったまま固まった。

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サプライズ|5 

-2019年1月~6月

「ほんっと男ってバカよねー。女がサプライズ喜ぶなんて本気で思ってるのかしら」
 無事に接待を終えたリザとレベッカは、駅前のカフェバーで遅めの夕飯をとっていた。
「ハボック少尉の感じだと本気だったわね。すっごい得意げにアクアランド行きの特急列車の切符みせて、その瞬間振られそう」
「バカよね。アクアランド行きたいなら1月前くらいから誘えばいいのに」
「そうよね。せっかく行くんならご飯食べるお店とかお土産買うお店とか調べたりしたいし」
「服とか水着とかおしゃれなサンダルも欲しいわよね。楽しみにしてる時間も楽しいのに」
「待つ時間の楽しみとか想像もできないのかしらね」
 パンとオードブルとスープとメインをがっつり食べて、コーヒーとデザートも注文しながら2人は顔を見合わせて笑った。
「ねえ、デザートもう一つ頼んでシェアしない?」
「賛成。私シフォンケーキ食べたい」
「この紅茶のやつでしょ?私も気になってた」
 相手の目を気にせず、食べたいものを食べたいだけ食べて楽しむのは女同士の醍醐味だった。
 接待で少し口にしただけのアルコールもほどよく回ってきて、2人はけらけら笑いながら食事を楽しんだ。
「やっぱりデートは女同士が楽しいわよね」
「わかる。気、遣わなくていいしね」
「遣ってよ。気遣いなさいよ、多少は」
「コーヒーおかわりする?」
「あ、飲む。お願い。・・・ってそうじゃなくて」
「おかわりいらないの?」
「おかわりはいります」
「私、気遣いできる女でしょ?」
「はいはい、そうね」
 追加のコーヒーを頼んで、自分のデザートを一口食べる。
 ほろ苦いティラミスはため息が出るほどおいしい。
「あんたって本当においしそうに食べるわ」
 感心したようにレベッカは言った。
「大佐にも言われたことあるわ」
「あ、あんたの旦那。あんたの旦那は気遣いできる男?」
「旦那じゃないし。気遣いね。どうかしら」
 最近付き合いだした男の顔を思い浮かべながら、リザは考え込んだ。
「なんかステレオタイプなところはあるわよ。プレゼントは花かお菓子。特別な日はアクセサリー。デートは高級レストランとおしゃれなバー、みたいな」
「やっぱりそういう男か。本気で恋愛したことないのかもね。本命に振られるタイプ?」
 レベッカの的を射た指摘に、リザは苦笑した。
「不特定多数にはモテるけどね」
「そりゃあ見た目よくて優しく振る舞えればそれなりにね。あ、大佐もサプライズとかしたいタチじゃない?自分に自信があるだけに盛大にツボをはずした感じの」
「自分で計画したらそうかもね。マダムに相談すれば大丈夫じゃない?」
「相談する?あの御仁が」
「しないかも」
 まさに女がどん引きするような童話の王子様的サプライズを企画していたとは露知らず、2人は勝手な想像で笑った。

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サプライズ|4 

-2019年1月~6月

 女性はサプライズを喜ぶか否か。


 カタリナ少尉から投げかけられた問題提起は、マスタングにとっても他人事ではなかった。
 司令部に近い居酒屋でマスタング組男一同は、ビールを片手にこの問題に取り組んだ。
「だめですかね、サプライズ」
 フュリーが呟くように言うと、他の男達も頭を捻った。
「まあ待て。冷静に状況を判断しよう。カタリナ少尉はなんて言ったんだ?正確に具体的に言ってみろ」
「バカね、あんたじゃ無理よ、って言いましたよ」
 ファルマンがカタリナ少尉のセリフを繰り返すと、マスタングは眉を寄せた。
「ハボックじゃ無理、ということは他の男ならありという意味か?」
「そんな感じには聞こえませんでしたね」
 女子2人の口ぶりを思い出しながら、ブレダは言った。
「ダメっていうか、一概には言えないけど、とか言ってましたね」
 ファルマンが情報を付け加える
「あ、一般論じゃなくてハボのプランで言えば、って言いかけたんですよ。だからハボのサプライズにだめな点があるのは間違いないんですよね」
 ブレダの意見にハボックはぶすくれた顔で壁の方を向いた。
「ハボック、おまえのデートプラン、もう一回ちゃんと言ってみろ」
「えーっとですね・・・」
 特急予約して、いいホテル予約して、アクアランドに・・・
「待て。ホテルだと?泊まりか?」
「え?だってアクアランドに日帰りは無理でしょ?」
「それだ」
 予想外に簡単に理由がわかって、マスタングはホッと息を吐いた。
 しかし他の連中はわからなかったようで、ハボックを筆頭にきょとんとしている。
「おまえらな、だからおまえらはモテないんだぞ」
「あ、それカタリナ少尉も言ってましたね」
 フュリーが感嘆するように頷いた。
「いいか。サプライズで泊まりはだめだ。絶対に」
「なんで?たった1泊っすよ」
 ハボックは面食らった顔でそう言った。
「たとえ1泊だろうが女は手ぶらで泊まりには行けないし、絶対行かない」
「着替えとか?1日くらい同じ服でもよくないっすか?」
 ハボックのいかにも男らしい無神経な疑問にマスタングはため息をついた。
「いいわけあるか。それに服だけじゃないだろう。下着とか化粧品とかあとは・・・シャンプーとかリンスとか」
「そんなの向こうで買えるでしょ。ていうかシャンプーとかホテルに常備されてますよ」 
「おまえがそれを決めるな!気にしない女もいるかもしれないが気にする女も多いんだよ」
「へえ。防御力が下がるんですかね」
「おまえな・・・」
 ハボックのおもしろくもない冗談がふとマスタングの記憶を刺激した。
「ん?なんだっけ?」
「なんっすか?」
 ブレダがチーズフライをかじりながら促したが、マスタングは考え込んだままだった。
「ハボック、防御力ってどっからきたんだ?」
「ん?冗談っすよ」
「冗談なのはわかってる」
「だから、化粧は女の武器って言うじゃないですか。だから使い慣れてないものは防御力が下がるのかな、って」


 戦場に裸で連れ出すようなことを女にさせるんじゃないよ 。


「そうか、マダムか」
「マダムがどうかしたんですか?」
「いや、私もサプライズデートの話をヒューズとマダムにしてたんだ」
 ほんの数日前のやり取りを思い出しながら、マスタングは言った。
「戦場に裸で連れ出すような真似はするな、って。この場合、戦場っていうのはデートのことだよな?」
「裸で連れ出すな、ってことは準備ぐらいさせろ、ってことですかね。服とか?」
「大佐に連れて行かれるレストランってドレスコードとかありそうですよね」
「それくらいわかっている。だからもちろん見合うドレスくらいプレゼントするつもりだ」
「大佐が選ぶんだからきっとお高いんでしょうね?」
「高すぎるもんもらっても迷惑じゃないですか?」
「もちろん彼女の好みが最優先だ。一緒に選ぶのも楽しいだろう」
「そうですよねー。なんていうかデートってそういう準備を整えるのが楽しかったりしますよね」
 フュリーの一言に、マスタングは黙った。
「あーそうかもな。なんつうかさ、喜ぶかなーって計画立てるのも楽しいよな」
「雑誌買ったり店探したりしますよね」
「俺も服買いに行ったりするぜ。かっこつけたいよな」
「・・・それだ」
 マスタングは跳び上がるようにして立ち上がると、ビシッとハボックに指を突きつけた。
 訳が分からず呆然としたまま、他の面々はマスタングの得意げな顔を見つめた。




 

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サプライズ|3 

-2019年1月~6月

「やっぱ旅行かなー。アクアランドとかどうよ」
 嬉々として彼女とのデートプランを語るハボックを、マスタング組面々は生温かい目で見守っていた。
「いいですね、アクアランド。でもちょっと遠くないですか?」
 フュリーだけは気遣ってハボックの話にのっかると、ハボックはシシシとにやけた顔で火の付いていないタバコを咥えた。
「そこはほら、1泊とかでよ」
「休みとれんのか?」
 書類から顔もあげずブレダはそう訊いた。
「まーな。今から頑張りゃ来月くらい余裕できるだろうしさ。汽車も特急、ホテルもいいとこ予約して、普通のデート装って、サプラーイズ!みたいな?」
「え?サプライズなの?」
 それまで無関心に徹していたリザは、初めてそこで疑問を呈した。
「そっすよ。女の子って好きでしょ?サプライズ」
「バカね、あんたじゃ無理よ」
 すぱん、と頭をはたかれたハボックは「痛っ」と声を上げた拍子に、バランスを崩してひっくり返った。
「レベッカ。どうしたの?」
 部署違いの親友の登場に、リザは手を止めて訊いた。
「あんたを呼びに来たのよ。グラマン閣下のご指名」
「はいはい。何の用かしら」
「接待よ。いい加減女子職員をホステス代わりにするのやめて欲しいのよね」
「接待か-。閣下の接待はおいしい物食べれないのよね」
「お酒中心だからね。まあお小遣いはもらえるから終わってから何か食べましょ」
「レベッカも行くの?」
「あんたねー、知らないでしょうけどあんたより私の方が駆り出される数多いんだからね。ていうか、あんたが来るときは私も大抵一緒でしょうが」
「そういえばそうでした」
 いつになく饒舌なリザといつも通り賑やかなレベッカを見ながら、ハボックは起き上がった。
「カタリナ少尉、痛えーっすよ。なんでいきなりどつくんですか?」
「あらハボック。頭打って眠気も覚めた?」
「別に眠くないです」
「だってさっき寝言言ってたじゃない?」
「寝言?」
「ほら、女はサプライズが好きだとかなんとか」
 は?
 え?
 ん?
 リザ以外の男連中が「よく分からない」という顔をして目配せし合ってるのを見て、レベッカはため息をついた。
「だからあんたたちはモテないのよ」
「だめですか、サプライズ」
 フュリーが直球で疑問を口にすると、リザとレベッカはそろって肩を竦めた。
「だめっていうか・・・」
「一概には言えないけどね・・・」
「まあさっきのハボックのプランで言ったら・・・」
 ちょうどその時終業を知らせるベルが鳴り、レベッカははっとして時計を見た。
「やばい。リザ、もう行くわよ!接待!」
「え?そんな急に言われても!」
「なんか急ぎの仕事あるの?閣下のご機嫌より?」
「・・・ないわ」
 急き立たせるようにリザの手を引きながら、レベッカは瞬く間に部屋を出て行ってしまった。
 残された男達はぽかんとしたまま、お互いの顔を見つめ合っていた。
「な、なあ。俺、何がやべーんだ?」
 ハボックは焦った顔で、ブレダの腕をつかんで問い詰めた。
「うるせー!俺にわかるか!大佐に訊けよ!」
 咄嗟に叫んだブレダの助言に、マスタング無粋男組はうんうんと頷き合った。


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サプライズ|2 

-2019年1月~6月

 誕生日デート(予定)1か月前。

 夜景の見える高層ホテル最上階のレストランディナー。
 赤いバラの花束と指輪のプレゼント。
 もちろんホテルのスイートルームも予約して。
 エスコートに向かう車は何がいいだろう。
 彼女のために黒のマセラティでも購入しようか。
 彼女は驚くだろうな。できるだけ当日まで秘密にして・・・。
 マダムの店でヒューズと酒を飲みながら、ロイはそんなことをデレデレと垂れ流していた。
 ヒューズは呆れたように肩を竦め、マダムはバカにしたように鼻を鳴らした。
「あんた、まさかその妄想を本気で実行する気じゃないだろうね?」
 確認するようにマダムがそう訊くと、ロイはアルコールで赤くなった目を丸くしてきょとんとした。
「え?なんで?本気だけど」
「おまえバカだなー。いや、知ってたけどよ。それにしたって東方一のモテ男とは思えねーバカッぷりだな」
 ヒューズが揶揄するように言うと、ロイは明らかにムッと口を尖らせた。
「バカとはなんだ。つきあって最初の記念日だぞ。特別にしたいじゃないか」
「喜んでもらえなきゃ意味ないだろう」
 マダムの指摘に、今度こそ本気で意味が分からない様子でロイは眉間にしわを寄せた。
「おまえな、女づきあいが手広いのも結構だが、こういう時は仇になるんだな。勉強になるわ」
 わざとらしく頷きながらそう言ったヒューズを、ロイは斜めに睨んだ。
「どういう意味だ?」
「高級レストランにバラの花束に指輪にマセラティ?リザちゃんがそんなの喜ぶと思うか?」
 ヒューズに言われて、浮かれていたロイも少し正気に戻った。
「そうか。確かに中尉の趣味じゃなかったかも」
「だろ?」
「バカだね、そうじゃないよ」
 男2人の会話は、割って入ったマダムのため息に中断された。
「え?何が?」
「え?俺、的外れでした?」
「まったく、これだから男ってやつはしょうがないね」
 マダムは空になったグラスを下げて、薄めの水割りを代わりに置いた。
「ちょっとうちの女の子達見てみな」
 ぐいっとあごで指されて、ロイとヒューズは反射的に振り返った。
 奥のボックス席で、どこかのお偉いさんを店の女の子達が笑顔で接待している。
 この店では見慣れた光景で、ロイとヒューズは首を傾げた。
「うちの子たち、美人だろう?」
「そうだね」
「まあな。うちの嫁ほどじゃないけど」
「でもね、あの子たちだって寝起きのすっぴんからあんなにかわいいわけじゃないんだよ」
 は?
 男2人は顔を見合わせた。お互いの頭に疑問符が浮かんでいる。
「寝起きのすっぴんがかわいいのは自分の嫁だけ。戦場に裸で連れ出すようなことを女にさせるんじゃないよ」
 酸いも甘いもかみ分けたマダムの含蓄は、まだまだ若い男2人が理解するには少々難しかった。

 ロイを終電に押し込んだヒューズが家に帰ると、寝起きのすっぴんでもかわいい自慢の嫁はまだ起きていた。
 酔い覚ましに熱い紅茶を飲みながらロイとマダムのやり取りを繰り返すと、聡明な妻は理解した様子で苦笑した。
「え?マダムの言う意味わかるのか?」
 ヒューズは驚いてグレイシアを見つめた。
「どっちが知りたいの?マスタングさんのデートプランの悪い点?それともマダムの言ったこと?」
「ロイのやつのデートプランなんか一から十まで全部悪いように聞こえたけどな。マダムは何が悪いって言ったんだろう」
「そうねえ。・・・せっかくのデートでしょ?私だったら気合いいれておしゃれしたいと思うけど?」
 マダムよりは軽いがやはり含みのある言い方に、ヒューズはやっぱり首を傾げて考え込んだ。


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サプライズ|1 

-2019年1月~6月

 クローゼットを前に、リザは考え込んだ。
 黒、ベージュ、紺、グレーと地味な色味ばかりの服が並んでいることに改めて唖然とする。
 アクセサリーや小物で補おうか。それとも思い切って新しい服を新調しようか。
 小物入れを出してきて、リビングのテーブルに1つずつ並べる。
 これは以前大佐にもらったネックレス。これも大佐にもらったペンダント。こっちのブローチは・・・これも大佐にもらったものだわ。
 ピアスは3組しかなかった。母の形見、軍人になると決めたときに自分で買ったシンプルなシルバーのスタッドピアス、それからこれは・・・たしか部下になって最初に迎えた誕生日に彼からもらったプレゼント。
 眼前に広がった事実を前にして、リザはテーブルに突っ伏した。
 なんということだろう。いくらおしゃれに興味関心が少なかったとはいえ、これはひどすぎる。
 彼からもらったアクセサリー以外に、まともな装飾品をほとんど持っていないなんて。
 しばらく呆然としてから、リザは勢いよく立ち上がった。
 手持ちのもので何とかするより一式全部揃えよう。
 いい年した女がデートに着ていく服もないなんて情けなさすぎる。
 リザは手帳を広げた。元よりスケジュール管理は得意だ。
 現在の仕事状況、退勤予定時間、非番予定を元に計画を立てていく。
 まずは服。それにあったアクセサリー。
 美容院の予約も入れておこう。ついでにメイクの相談もして、必要な色味を買い足して。
 彼は喜ぶだろうか。
 柄にもなくうきうきしながら、リザは黙々と段取りを組んだ。


 ぽかぽかとした陽気の昼下がり。
 大きな事件も急ぎの書類もなく、司令部全体になんとなくのどかな空気が流れていた。
 マスタングの部署も例外ではなく、フュリーは通信部からもらった古い無線いじりに没頭し、ファルマンは資料室に行ったきり戻ってこなかった。
 ハボックとブレダは談話室で部下達とチェス対抗戦をしていた。優勝者には今夜の飲み会がただになる特典付きだった。
 そんな緩んだ空気の中で、ただ1人マスタング大佐だけが緊張した面持ちで自分の副官と対峙していた。
 コーヒーを持ってきてすぐに退室する予定だったリザは、自分を呼び止めたきり黙り込んでしまった上官を訝しげに見つめていた。
「・・・中尉」
 掠れた声で、ようやくマスタングは口を開いた。
 こほんと一つ咳をして、すっかり冷めてしまったコーヒーを一口含む。
「中尉」
「はい」
「今月の一番最後の週末、土曜日なんだが」
 今月一番最後の土曜日。リザの頭でスケジュールがめくられる。
 特に予定は何も入っていない。大事な会議とも聞いていない。仕事の予定が入ったのだろうか。まだ3週間も先だし、出張だろうがお偉いさんの査察だろうが十分対処できる余裕はある。
「君と食事に行きたい」
 リザを見つめながらそう言ったマスタングの声音は真剣だった。
「潜入ですか?張り込みですか?」
 あまりにも毅然とした言い方にリザは仕事の話と判断したのだが、どうやら見当違いだったらしい。
 ゴンッ、と音を立てて、マスタングはデスクに突っ伏した。
「違う」
 うってかわって弱々しいその呟きは、くぐもってよく聞こえなかった。
「今月末の土曜日だぞ」
「はい、それは聞きました」
「プライベートに決まっている」
「そうなんですか?」
「翌日はそろって休みになるように調整するからな」
「今は暇ですけど3週間後も暇とは限りませんよ」
「君、私とデートしたくないのか?」
 どこか悲壮な調子で訴えるマスタングに対し、あくまでも冷静にリザはそれを受け流した。
「今月末の土曜日ですね。調整しておきます」
 敬礼して、執務室をあとにした。
 自分のデスクに戻って手帳をめくる。
 ずいぶん念を押されたけど何か大事な日だったかしら。
 日付を確認したリザは、初めてマスタングの意図に思い当たって顔を伏せた。
 リザの誕生日だった。



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花咲き散るまで|夫婦(2) 

-2019年1月~6月

 おかさーん!と大声で呼びながら、子ども達は転がるように玄関に入ってきた。
「掃除道具!お掃除道具出して!」
「どこのお掃除?」
「お山!お山の中にお狐様がいた!」
  双子の言葉に驚いてリザは目を丸くした。背中に気配を感じて振り向くと、 双子の賑やかな声を聞いて2階から降りてきたロイが同じように目を見開いていた。
「狐?」
 ロイが双子に確認すると、双子は力強く頷いた。


 一緒に来て。手伝って。
 子ども達に促されて、リザとロイは懐かしい山道を登った。
 ロイは水を入れたバケツを持っていた。リザは軍手やスポンジなどの掃除道具を持っていた。
 一番体力のある双子は身軽なまま、ひょいひょいと足取り軽く山を登っていく。
「おーい!はぐれちゃうよ。待ってくれ!」
「おとさんもおかさんも遅いよ!」
 都会生まれ都会育ちとは思えない敏捷さで、子ども達はあっという間に藪の中に見えなくなってしまった。
「速いな!」
 息を切らしながらロイがそう言うと、リザは笑いながらロイの背を擦った。
「場所はわかりますから。ゆっくり行きましょう」
 ようやくたどり着くと、かつて満開の花をつけていた巨木は見事な葉桜になっていた。
 日差しを避けるようにその木の下に座り込んでいた双子は、リザとロイを見ると立ち上がり「遅いよー」とぴょんぴょん飛び跳ねた。
「これでも急いできたんだ」
 ロイはバケツを地面におろすと、腰に手を当ててふーっと息を吐いた。
「おー、これまたすっかり汚れてるな」
 雨風に晒され、泥と苔で真っ黒になった石狐にロイが手を伸ばすと、双子はそろって「だめー!」と叫んだ。
「素手で触っちゃだめでしょ!」
「そ、そうか。ごめん」
 ロイは慌てて手を引っ込めて双子に謝った。リザはクスクス笑いながらそのやり取りを見ていた。
「そういえば昔、君にも怒られたな。素手で触るな、って」
「そうでしたっけ?」
 双子は軍手をはめて、掃除用スポンジを持って嬉々として石狐を磨き始めた。
 その様子を眺めていたロイはふと思いついて、双子に声をかけた。
「なあ。この狐もうずいぶんぼろぼろだし、錬金術で新しく作り直すんじゃだめかな?」
 信じられない、といった目で双子は顔をあげた。
「だめに決まってるでしょ!」
「おとさん、最低!なんでそんなこと言うの!」
「錬金術の基本でしょ!人を作るなって!」
「いやだってこれ人じゃないし・・・」
「分解するんだよ!かわいそうでしょ!」
「錬金術で作り直したお狐様は元のお狐様とは違うんだよ!別人なの!」
「いやだから人じゃないから・・・」
「別狐なの!ずっとずっとひとりぼっちでここを守ってくれてたお狐様になんでそんなこと言えるの!」
 よってたかって子ども達に責められたロイはしょんぼりして、近くで草むしりをしていたリザの側にしゃがみこんだ。
「怒られた」
「あなたの言いたいことはわかりますよ。でもちょっと無神経でしたね」
 そう言ってリザは笑った。
「お狐様ごと作り直さなくても、泥と苔だけ分解しようかって言えばよかったですね」
「あ、そっか。そう言ってみようか」
「やめた方がいいですよ。2人とも一生懸命ですから」
 そう言われてチラリと横目で石狐の方を窺うと、確かに2人とも一心不乱に掃除に励んでいる。
 磨かれている石狐の目が得意げにロイを見下ろしているような気がして、ロイは肩を竦めた。
「前から思っていたがこの狐、私のこと嫌いなのか?」
「珍しく非論理的かつ非科学的なことをおっしゃいますね」
「なんか見下されているような気がする」
「見下してるんじゃなくて心配してくれてるんですよ」
「君こそらしくないこと言うじゃないか。ただの狐だぞ」
「そんな気がするだけです。たんなる感傷ですよ」
 風が吹き抜けて、大木の葉がざわざわと揺れた。
 相変わらず静かに佇むその巨木を見上げながら、ロイはリザと草むしりを続けた。
「そういえば君、この狐に変な名前つけてたな。なんだっけ」
「変な名前って言わないで下さい」
 リザは顔をしかめてロイに抗議した後、何か言いかけるように口を開いてそのまま固まった。
「どうかしたのか?」
「私、なんて名前つけてましたっけ?」
「ん?さあ、覚えてないな。変な名前だったことは覚えてるけど」
「変な名前って言わないで下さい」
「君が自分でつけた名前を忘れるなんて珍しいな」
「なんででしょう。変ですね」
 訝しげな顔でリザは石狐の方を振り返った。
 磨かれ、苔を落として拭き掃除までされた狐は澄ました顔でリザを見つめていた。
 少し皮肉な、慈しむようなその目に既視感があった。
「もう君の狐じゃないんだよ、たぶん」
 肩を叩かれて見上げると、ロイと目が合った。
 ああ、やっぱり。リザは微笑した。
 この狐はこの人とどこか似ている。
「そうかもしれませんね」
 リザは彼の手を握った。傍らにあるその幸せはとても温かかった。


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Think of me (通販のお知らせ) 

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花咲き散るまで|夫婦(1) 

-2019年1月~6月

「なあ、首の後ろ。何かなってないか?」
まだ事後の気怠い空気が漂う中、ロイは熱い息を吐きながらリザに言った。
「首の後ろ?」
彼の広い背中にのしかかりながら、リザは彼の後ろ毛をかきあげた。
「時々、チリってするんだ。痛いとか痒いとかじゃないんだが」
「別になんともなってませんけど。どのへんですか?」
「うーん、首と頭の境目くらい。真ん中あたり」
言われたあたりに、リザはそっと唇を当てた。
ツボを探し当てるように少しずつ唇をずらすと、一点だけかすかに熱を感じた。
「ここですか?」
「どこ?」
指を当ててみたが、もうどこだったかわからない。リザはもう一度その辺りに唇を当てた。
さっきのように熱っぽい箇所はもうなかった。そのかわり吸い付きたくなるほど離れ難い衝動が湧き上がってきて、リザは強く唇を押し当てた。
くちゅくちゅと音をたてながら彼の首に吸い付く。次第に物足りなくなってきて、リザは舌を伸ばした。舐めたり吸ったりしながら、夢中になって彼の首にキスを続けていると、彼は低く呻いた。
「・・・リザさん」
「はい、なんですか?」
首に唇を当てたままリザが応えると、彼は少し震えた。
「そんなとこに性感帯があるとも思えないんだが。でもそこをそんなふうに弄られるとなんだかちょっとやばい」
「やばい、とは?」
彼はリザの手を自身に導いた。
さっき十分満足したはずのそこが再び熱く張り詰めているのを手に感じて、リザは息を飲んだ。
「首の後ろにキスしただけなのに?」
「変だな。やっぱりそこ、何かないか?」
「見たところ何もないです。でもそうですね。なんかここ、いい匂いがします。噛みつきたくなるくらい」
「噛みつきたい?」
「ロイさん。もう少し私の好きにしていいですか?」
お願い。
いつになく熱っぽく囁かれ、珍しく積極的なリザの愛撫に、ロイは身を固くして息を吐いた。



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花咲き散るまで|中尉と大佐(2) 

-2019年1月~6月

 夢を見た。
 あの木の下にいた。
 白い羽織を着た男が、背中を向けて立っている。
 黒い髪、その佇まい。
「大佐?」
 リザが呟くと、その男は振り向いた。
 細く黒い瞳がリザを見据え、口角をあげた。
 その顔はやはり大佐だった。けれども違和感が拭えない。
「大佐?」
「あの小僧か?」
 嘲るように、男は言った。
「そう見えるんだな」
 その声もやはり彼のものだったが、なぜかリザには男の正体がわかった。
「コーン様?」
 リザの呼びかけに、男は目を瞠った。
「なぜわかった?」
「やっぱり」
 リザは微笑み、それから恥ずかしそうに肩をすくめた。
「すみません。お稲荷様、でしたっけ?」
「馬鹿を言え。私の名前をつけたのはおまえだろう」
 男は肩をすくめて、リザの前髪を梳いた。
 その仕草もやはり彼のものと類似していて、リザは戸惑った。
「あまりセンスがいいとは言い難いがな」
「ひどい」
 男の言い草にリザは口を尖らせた。
 やっぱり大佐とは違う。彼はこんなふうに意地悪を言ったりしない。
「それよりあの小僧の印が消えたぞ」
 リザの様子を意に解することもなく、男は言った。
「印?」
 リザが訝しげに訊き返すと、男は不遜な笑みを浮かべた。
「おまえを不幸にするやつなら呪ってやろうと思ってな。最初見た時に印をつけておいた」
「ひどい!」
 仰天したリザが詰め寄ると、男はハエでも払うようにヒラヒラと手を振った。
「冗談だ。人の縁をつけてやると約束しただろう」
「縁?大佐とですか?」
「おまえが望んでいるように見えたからな。あまり男の趣味がよくないな、リザ」
「放っといてください」
 男の揶揄に、リザはむくれた。
「そんなことより印だ。あの小僧、一瞬だったが現世から存在が消えたぞ。何をした?」
「存在が?・・・あ」
 人体錬成?
 リザが呟くと、男はため息をついた。
「まったく。人間というのは愚かなものだな」
「違うんです。あれは大佐の意思ではなくて」
「だが次にしようとしているのは奴の意思だろう」
 苦々しく吐き捨てるような男の言葉に、リザは血の気が引いた。
「次?」
「ありのままに受け入れておけばいいものを。つくづく人間とは欲深いな」
 次も迷わず帰ってこれるとは限らんのに、と男は独り言のように言った。
 その意味するところを、リザは正確に理解した。
 思わず縋るように、リザは男の胸元を掴んだ。
「助けてください」
 懇願するリザを、男は感情のこもらない瞳で見下ろした。
「助けてください!」
「まったく。男の趣味が悪い」
 たしなめるように、男はリザの額を指で弾いた。呆れたような顔で頭をかき、苦笑する。
「リザ。私の名を呼べ」
「名前?お稲荷様?」
「違う。あのセンスも情緒もない、おまえがつけた私の名だ」
「コーン様!悪口言わないでください!」
 リザが叫ぶと、男の体が白く光った。
「ふむ。まあこれだけ力があれば足りるか」
「何をするんですか?」
「あの小僧に印を刻む」
 男はニヤリと笑った。
「今度は魂に刻んでやる。二度とはぐれんように」
 小さい子どもにするように、男はリザの頭を撫でた。
「おまえが私に名前をくれたから、私は今ここにいる。そのすべてをあの小僧にくれてやろう。印はおまえと繋がる縁になる。きっと迷わず帰ってこれる」
「すべてを?」
 リザは呆然とその言葉を繰り返した。
「でもそれじゃあ・・・コーン様は?」
「おまえがくれたものをおまえに返すだけだ」
 男はリザの額に口づけた。


 世界が弾けるように白くなり、夢はそこで途切れた。
 夢を見たことさえ忘れてしまった。


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花咲き散るまで|中尉と大佐(1)  

-2019年1月~6月

 毎年恒例、グラマン中将のがらくた市がロビーで開催されていた。
 油断するとあっという間に執務室を埋め尽くしてしまうという中将の蒐集物の一部が、年に一度東方司令部内で希望者にもらわれていくのだ。
  とはいえ蒐集物自体が高尚な(というかマニアックすぎる)芸術品であるため、その8割が一週間経っても引き取り手がなく、すべて町の古物商に引き取られていくのが通常だった。
 冷やかし半分でそれらを眺めていたロイは、何かと目が合ったような気がして首を傾げた。
 3箱ある段ボールに手を突っ込んでガサガサと探って、ロイは見覚えあるそれを引っ張り出した。
 それは狐だった。
 親指ほどにも満たないその陶器の狐は、なぜか胸元に赤い前掛けをつけていた。
 すらりとした体躯に太い尾を持ち、細く赤く描かれた目がじっとロイを見つめている。
 刺繍糸を太く編んだ赤い紐がついていて、鞄か財布にでもつけるのに手頃だった。
 魅入られたようにロイがそれを手にしたままぼんやりしていると、グラマンが肩越しにひょいと覗き込んできた。
「それ、気に入った?」
「中将!」
 ロイはその狐を左手に持ったまま、跳ねるように振り向いた。
「かわいいでしょ、それ」
「かわいいというか・・・不思議な魅力がありますね」
「お稲荷様って言うんだよ。シンよりもっと東にある島国の神様なんだって」
「はあ」
「かわいがったげてね。いいことあるかもよ」
 ほっほっほっ、と笑いながら歩いて行く中将の背中を見送りながら、ロイは手の中の狐に目を落とした。

 かわいがれ、と言われた手前、箱に戻すこともできなかった。
 根付けの部分を指で摘まんでぶらさげ、狐を指で弾く。
 たんなる陶器にすぎない狐は抵抗することもなくロイにされるがまま、つり下げられてぐるぐる回った。
 しかしその目は常にロイから離れない。もちろん錯覚なのだろうがいたたまれなくなって、ロイはため息をついた。
 首の後ろがちりちりとこそばゆく、ロイはそこを指でぽりぽりと掻いた。
 最後に髪を切りに行ってからそう経っていない気がするが、もう後ろ毛が伸びているのだろうか。
 なんとなくそわそわと気分が落ち着かない。
 狐をテーブルに放り出して手近な本を手にとったが、まったく集中できなかった。
「お待たせしました」
 キッチンで食器を片付けていたリザが、紅茶を持ってリビングに入ってくる。
「お茶請けが何もないんですけど」
「ああ。そういえばそうだったな。また買ってくるよ」
 テーブルに紅茶を置こうとしたリザは、そこに転がっていた狐に気づいて「あら」と声をあげた。
「これ、どうしたんですか?」
「中将のがらくた市で見つけた」
 リザは狐を手にとると「かわいいですね」と微笑した。
「君にあげるよ」
「いいんですか?」
「私は苦手だ」
 そう言ってロイは顔をしかめた。
「ちょっとあの子に似てませんか?うちの近所にいた・・・」
「君が世話をしていた狐だろう」
「そうです。コーン様」
「お稲荷様、というらしいぞ」
 ロイはにやりとして、リザの手の中の狐を覗き込んだ。
 どういうわけかロイの手の中にいたときより、満足げな顔をしている。
「シンより東にある島国の神様だそうだ」
「そうなんですか?ずいぶん遠くからきたんですね」
 リザは狐を大事そうに両手で包み込むと、その鼻先にキスをした。
 なんとなくそれがおもしろくなくて、ロイは飲みかけていた紅茶のカップをテーブルに置いた。
「リザ。そんな狐にかまってないで・・・」
 リザの肩に手を回して、その体をロイは自分の方に引き寄せた。
 頬をすり寄せるとリザは斜めに睨んできたが、その視線は尖ってはいない。
 リザが目を閉じたのを了承ととらえて、ロイはリザの口に唇を寄せた。
 しかし触れる直前、ばちっと電気が走ったような感覚に、ロイはバッと体を離した。
「な、なんだ?」
「どうかしましたか?」
 リザはきょとんとした顔で、不審な挙動のロイを見つめた。
「いや、なんか今バチッって」
 首を傾げながら顔をなぞったが、別に痛くもなんともない。
「静電気、か?」
釈然としないまま、リザの寄せてきた唇を受け入れた。

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花咲き散るまで|少尉と中佐 

-2019年1月~6月

「いつの間にこんなに飲んだんだ、まったく」
 少尉を背負って歩きながら、ロイはぼやいた。
 今日は新人の歓迎会だった。こういう会ではいつも羽目を外さないよう気を張っているはずの少尉が、ふと気がつくと真っ赤な顔で杯を重ねていてロイは仰天した。
 隣にいたハボックとかいうでかいやつだな、とロイは歯噛みした。
 取っつきにくいと評判のホークアイ少尉に物怖じすることもなく、士官学校時代の失敗談をネタに盛り上がっていたようだ。
 つまらない冗談にのる少尉ではないから、たぶん馬が合ったのだろう。
 大型犬を連想させる人懐っこそうな性格も少尉好みに思えて、ロイは焦燥感が広がるのを抑えきれなかった。
 そういえば少尉は、ああいう筋肉質の大柄なタイプが好きだった気がする。
 足下が覚束なくなっている少尉に「俺、送りましょうか-?」と宣うハボックの頭を、ロイははたいた。
「痛って!え?中佐?なんで叩くんっすか?」
「うるさい。おまえらは二次会にでも行け」
 財布から札を何枚か抜いて握らせると、ハボックは「あざーっす」と陽気な声をあげて他の新人達のところに戻っていった。
「少尉、大丈夫か?」
 最初のうちこそ歌ったり笑ったりロイの耳をくすぐってみたりとやりたい放題の少尉だったが、どうやら眠たくなってきたらしい。
 少し前からすっかりおとなしくロイの背中にしがみついている。
 川縁の遊歩道は街灯も少なく、時々吹くぬるい風で木々の花びらが舞った。
「もう春も終わりだな」
 独り言のように呟くと、ロイに絡まっていた細い腕にぎゅっと力が入った。
「ん?少尉?どうした?起きてるのか?」
「一瞬ですよね」
 意外にしっかりした声で、少尉は言った。
「何が?」
「花咲き散るまで」
 ロイの脳裏に、いつかの光景が浮かんだ。
 ざわり、と胸が騒いだ。
 悠然と佇む太い幹、すべてを受けとめ包み込むように広がる枝、音もなく舞い上がる花。
 突き刺さるような視線。
「中佐」
 アルコールの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。どこか舌足らずな少尉の声が蠱惑的だった。
「側にいたいです」
「・・・酔ってるな」
 わざとはぐらかすように言って、ロイは少尉を背負いなおした。
 少尉は何も言わなかった。
 やがてすうすうと安らかな寝息が聞こえてきて、ロイは小さく息を吐いた。
 少尉、知ってるのか?
「散るまで、ってな、死ぬまでって意味だぞ」
 まあ私はそれでかまわないが。
 頭上に伸びた枝に、花はほとんど残っていなかった。

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花咲き散るまで|リザとロイ 

-2019年1月~6月

 家の裏から山に登り、林道から獣道を少し分け入ったところに、小さな石祠と苔むしたお狐様がいた。
 その後ろには、薄桃色の花をつける木が枝を広げ、太い幹もたくましく堂々と立っていた。

 ソファでうたた寝をしていたロイは、パタパタと自分の側を通り過ぎる足音に目を覚ました。
 起き上がると、大きなバケツと紙袋を持ったリザが、玄関から出て行くのが見えた。
 庭掃除でもするのかな。
 手伝えることがあるだろうかと、ロイはその小さな背中を追いかけた。
 しかしリザは裏庭の水道からバケツに水をくむと、そのまま山に入っていった。
 どこに行くんだ。
 戸惑ったまま、ロイはリザを追った。
 慣れた足取りで、リザはどんどん山深く入っていく。
 都会育ちのロイは足場の悪い山道に慣れていないうえに庭遊び用のサンダルを履いてきてしまい、どんどんリザに離されてしまった。
 息を切らしながら、必死でリザを見失わないようについていく。
 そのリザがひょいと高い草の向こうに消えてしまい、ロイは慌てて山道を駆け上った。
 はあはあと息をつきながらリザの見えなくなってしまった辺りを見回すと、藪の向こうにどうやら獣道が続いている。
 額の汗を拭って、ロイはその道を登った。
 すぐに視界が開けて、ロイは立ち止まった。
 まず目に入ったのは、薄桃色の花を満開につけた大きな木だった。
 荘厳な佇まいで静かに立つその木を、ロイは息を飲んで見つめた。
 ふと我に返ると、リザがその木の下で何かしている。
「リザ」
 声をかけると、リザは振り返った。
「マスタングさん」
「何してるんだ?」
 ロイが近寄ると、リザは軍手をはめた手で微笑した。
「お掃除です」
 ロイはリザの背中に隠れていたそれを覗き込んだ。
 小さな石祠と、それを守るように苔むした石狐がそこに鎮座していた。
「へえ。神様みたいだな」
 ロイはその狐を素手でなでた。
「ちょっと!マスタングさん!」
 咎めるように呼ばれて、ロイはきょとんとした。
「え?何?」
「コーン様に素手で触らないでください」
「コーン様?」
 押しつけられた軍手をはめながら、ロイは訊き返した。
「とうもろこし?」
「違います。コンコン狐のコーン様です」
 憤慨したように主張するリザに、ロイはぷっと吹き出した。
 前から思っていたが、リザのネーミングセンスは少し、いや、かなりおかしい。
「何か宗教的なものなのかな」
「お狐様は豊作の神様のお使いだって、母が言ってました」
 手にはめた軍手をバケツの水に浸して濡らしながら、リザは狐の頭や体をこすって苔を落とし始めた。
「へえ、初めて聞いたな。それで?リザも畑の豊作を願って掃除にきたのか?」
「それもありますけど」
 軍手で大体の苔を落としてしまうと、リザは今度は歯ブラシを持って細かい部分を磨き始めた。
 首の辺りを擦られている石狐は、心なし気持ちよさそうにも見える。
「花咲き散るまで世話をして欲しい、って」
「え?」
 リザの言葉に、ロイは面食らった。
「昔、そう言われたことがあるんです。夢ですけど」
 そう言ってリザは笑った。
「昔、助けてもらったんです。母が亡くなったときに」
 石の隙間の細かい汚れを落としながら、リザは言った。
「助けてもらった?この狐に?」
 おとぎ話のようなリザの言葉に、ロイは面食らった。
 ロイが首を捻っているのを見て、リザは苦笑した。
「私、泣けなかったんです。お通夜でもお葬式でもまったく涙が出なくて。大好きな母が死んだのに、泣かないなんて変ですよね。母に申し訳なくて、苦しくて、それに自分勝手なんですけど、自分が悲しんでないって人に知られるのも嫌だった」
 独り言のようにしゃべりながら、リザは石狐を擦り続けた。
「その時も春でした。母の大好きな花を見て、母が大事にしていたコーン様に会いに来て、そうやって1人で母を思い出していたんです」
 真っ黒になった軍手をバケツの中でジャブジャブと洗って、またリザは石狐を拭き始めた。
「母がこなくなって随分経っていましたから、ほかにお世話をする人がいなかったんですよね。その顔がずいぶん汚れていてなんだか悲しそうに見えて、私も悲しくなって。だから家から掃除道具を取ってきて、きれいにしようと思いました」
「1人で?」
「はい、1人で」
 リザは頷いた。
「草むしりも苔落としも大変でしたけど、心は楽でした。少なくとも何も考えずにいられたから。雨や泥で汚れたお顔を拭いていたら、目が合ったような気がしたんです。そしたら急に涙が出てきて。その時やっと私は母のために泣けたんです」
 ようやく満足したのか、リザは石狐から手を離して立ち上がった。
「その夜に夢を見ました。この木の下で、背の高い男の人が私の頭を撫でながら言ったんです。花咲き散るまで世話をしてもらえるか、って」
「花咲き散るまで」
 ロイはリザの言葉を繰り返して、傍らの大樹を仰いだ。
「その代わり人の縁をつけてあげよう。もう2度と寂しい思いはしないように、って」
 風に花びらが舞った。
「不思議ですね。今もはっきり覚えています。風の音、草の匂い、触れてくれた大きな手、優しい声。もう何年も前の夢なのに」
 リザは軍手をはずして紙袋にしまうと、石狐の前で手を合わせた。
「今年も1年ありがとうございました。草むしりは明日また来ますね」
「リザ。今は寂しくないのか?」
 バケツの水を木の根元に流すリザに、ロイは訊いた。
「お父さんもいるし、友だちもいるし、近所の人も優しくしてくれますから。それに・・・」
「それに?」
 リザはバケツと掃除用具の入った紙袋を持って先に立って歩き、くるりと振り返った。
「マスタングさんってちょっと似てる気がします」
 似ている?誰に?この狐?
 複雑な気持ちで肩を竦めて歩き出そうとすると、ぞわっと背中が粟だった。
 突き刺さるような視線を感じて振り向いたが、何もいない。
 風もないのに枝が揺れて、花びらが巻き上げられた。
 総毛立つほど冷たい空気がまとわりついて、ロイは動けなくなった。
 つばを飲もうとしたが、口の中はカラカラに乾いていた。
 そこに誰かがいた。その見えない誰かと確かに目が合った。
「マスタングさん!何してるんですか?行きますよ!」
 リザの呼ぶ声に、ふっと金縛りが解けた。
 ロイは返事もせず足早にリザを追った。
 ちりちりと灼けるような気配が、首の後ろに残っていた。

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Think of me(サンプル) 

新刊サンプル

突然ですが、初めてのロイアイオフ本をだすことになりました!

* * *   * * * 

2019年5月4日 SUPER GATHERING DAY 2019 【西2 ネ25b】
サークル「視察日和」様のスペースで新刊本を委託頒布します。
予価500円 A5サイズ48ページ / 全年齢
中尉に彼氏疑惑が出たり、大佐に結婚疑惑が出たり、ドタバタしながら安定のハッピーエンドです。

* * *   * * * 

(本文より抜粋)

 ほとんど人の出入りしない埃っぽい資料室。
 鍵のかかった屋上。
 執務室の片隅にこっそり作った隠し部屋。
 シャワールームの奥にある休憩室。
 挙げ句には黙って司令部を抜け出して息抜きに使っていた、裏路地にある隠れ家的カフェのカウンターまで。
 副官「鷹の眼」は、マスタングがこの町のどこにいようと必ずその居場所を突き止めて、時には彼の耳をひっつかみ、あるいは羽交い締めにし、必要なら発砲してでも彼を執務室へと連れ戻す。
「もしかして君、私にGPSでもつけてるのか?」
「バカなことを。そんなものなくてもあなたの居場所くらいわかります」
「・・・・・・なんで?」
「長い付き合いですので」

***

「おう、リザちゃん。お疲れ」
 ヒューズ中佐の手招きに応じて、リザは薄暗いバーのカウンターに近づいた。
「最近デートの暇もないくらい忙しい、って?」
 カウンターのスツールに座るようにリザを促し、ヒューズは冗談ぽい口調でそう訊いた。
「大佐がそう言ったんですか?」
 リザは酔い潰れてカウンターに突っ伏している上司を睨んだ。
「荒れてたよ。失恋したみたいでね」
「大佐でも失恋することがあるんですね」
 リザの言葉に、ヒューズは訝しげに眉を寄せた。
「いや、ていうかさ・・・・・・」
「中尉!」
 ガバッと上体を起こして叫んだマスタングに遮られ、ヒューズは途中で言葉を飲み込んだ。
「はい」
 マスタングに向き直り、リザは冷静に返事をした。
「私とジャンケンしたまえ!」
 突然そう振られてリザはキョトンとし、ヒューズは口に含んでいた酒を吹きそうになった。
「何ですか、唐突に」
 面食らったリザはその真意を問おうとしたが、マスタングにビシッと指を突きつけられて口を噤んだ。
「大事な勝負だ!もし私が勝ったら!」
「あなたが勝ったら?」
 マスタングは充血した目でリザを見つめ、大きく息を吸ってから一息に言った。
「私を見てくれ!」
 ぶはっ!と、今度こそヒューズは吹き出した。
「お、おまえ ・・・・・・ なんだよ、それ。ヘタレかよ。やべ、マジおもしれぇ」
「私が勝ったら?」
 リザが当然の疑問を口にすると、マスタングは悲壮な顔であちこちに視線をさまよわせた。それでも何かを決意したらしく、リザを見据えて言葉を絞り出すように言った。
「君を ・・・・・・ 君の気持ちを、尊重する ・・・・・・ よう、努力する」
「 ・・・・・・ はあ」
 さっぱり意味がわからない。
 ヒューズにはわかっているようで、口を押さえ、カウンターをバシバシ叩きながら必死で笑いをこらえている。
「いくぞ、中尉!一回勝負! ・・・・・・ いや、三回 ・・・・・・ やっぱり五回 ・・・・・・ 勝った方が勝ちで」
「め、女々しいな、おい」
「うるさい!最初はグー!ジャン!ケン!ポン!」

「リザちゃんてさ、ジャンケン強いんだね」

***

「一つ訊いていい?」
 彼女が自分の手を振り払わないことを確認して、マスタングは訊いた。
「はい」
「好きな男はいる?」
 沈黙が落ちた。
「います」
「・・・・・・そうか」
 情けない顔を見られないように、マスタングは壁の方を向いた。
「私も一つ訊いていいですか?」
 マスタングの落胆に気づかない様子で、彼女は言った。
「なんだ?」
「ご結婚の予定は?」
「またその話か」
 失恋の傷に塩を塗り込むような質問に、マスタングはうんざりした声を隠しきれなかった。
「しないんですか?」
 追い打ちを掛けるようにそう問われ、マスタングは彼女に触れていない左手で顔を覆った。
「今のところその予定はない」
「でもいつかは」
 いつになく彼女はしつこかった。
「あなたはもっとご自分の幸せについて真面目に考えるべきです」
「・・・・・・幸せね」
 マスタングは心の内のもやを吐き出すようにため息をついた。
「実は考えたことはある」
 マスタングがそう言うと、すっと彼女の纏う空気が緊張した。
「今すぐは無理だろうが、でもいつか、私のすべてを赦して、受け入れて、愛してくれるならあるいは、と」
 あまり現実的じゃなさそうだが。
 自嘲するような笑みが、マスタングの唇を歪めた。
 マスタングの言葉に、彼女がうつむく気配がした。
 マスタングの下にあった小さな手が、ぎゅっとこぶしを握りこんだ。
「きっといらっしゃいますよ。あなたのすべてを受け入れて、愛してくださる女性が」
 ・・・・・・違う、そうじゃない。
 マスタングは呻いた。
 積み重なった思慕があふれてきそうだった。
 これまで何度も飲み込み、諦めようとしてきた気持ちが抑えきれなくなっていた。
「すまん、言葉が足りなかった」
 ようやくマスタングは言った。
 彼女の方をじっと見つめる。
 キャンドルの明かりで浮かび上がった彼女の顔は、とてもきれいだった。
「もし君が、私を赦して、受け入れて、愛してくれるなら」
 そうマスタングは言った。彼女が息を飲んだのがわかった。
「今すぐは無理だろうが、君さえよければ、いつかは、と」
 そこまで言うと、マスタングは声を詰まらせた。
「でも君は、好きな男が・・・・・・いるんだな」

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もっとも美しい人へ 

-2019年1月~6月

 出張ついでにヒューズの家に寄ると、いつも出されるアップルパイとは趣が異なっていた。
「ほお。すごいな」
 バラを形作ったそのパイは、これも奥方の手作りらしい。
「見ろよ、ロイ。すげーか?すげーだろ?羨ましいか?」
「ヒューズ、近い」
 肩を組んで自慢してくる友人を押しのけて遠ざけながら、ロイは一口サイズのそのパイをかじった。
 甘酸っぱいリンゴのフィリングと、ザクザクしたパイの食感がとてもおいしかった。
「たしかにうまい」
「だろー」
 ロイの賞賛に満足したように、ヒューズは自分もアップルパイを食べ始めた。
「だがこのサイズだとあっという間に食べてしまうな」
 2個目に手を伸ばしながらロイが呟くと、ヒューズは頷いた。
「まあな。ちょっとしたお茶請けとか手みやげにはいいけどな」
「手みやげか」
 そう言われて思い出したのは、今回の出張には同行していない己の副官だった。
 花もアクセサリーも喜ばないかわいげのない彼女だが、おいしい物だけは拒むことなく受け取ってくれる。
「少尉にも食べさせたいな」
「ん?リザちゃん?いいんじゃね?持って帰ったら?」
 ヒューズは皿に残っていた最後の一つをかじりながらそう言った。
「おまえ・・・最後の1個食べながら持って帰れば、って」
 ロイが呆れたようにそう言うと、ヒューズはばつの悪そうな顔で手にしていたアップルパイを見た。
「ああ・・・これで全部だったのかな?」
 ちょっと訊いてくるわ、と言いながらヒューズはキッチンで洗い物をしている妻の元に向かった。
 紅茶を飲みながら待っていると、ヒューズは頭をかきながら戻ってきた。
「わっりー、ロイ。アップルパイこれだけしかないんだと」
 そんなことだと思った。
 ロイはぶすくれた顔でため息をついた。
「まあそう拗ねるな、って。今、グレイシアからレシピもらってきてやったから。これ、メモして持って帰れ」
 料理なんかしたことないし、まして作ったこともないアップルパイなんか作れるか!
 ロイの抗議は当然ながらヒューズの耳にはまったく届かなかった。

「で?これはなんですか?」
 ロイの自宅に呼びつけられて、リザは不機嫌だった。
「アップルパイ・・・になる予定のものだ」
 ロイは腕を組んでそう言った。テーブルの上にはリンゴ、バター、グラニュー糖、シナモンパウダー、冷凍のパイ生地シートが並んでいた。
「さっそくだが少尉、これを見てくれ」
 ロイはヒューズの家でメモしてきたアップルパイのレシピをリザに渡した。
「はい、見ましたが」
「理解できるか?」
 ロイの質問の意図がつかめず、リザは首を傾げた。
「とてもわかりやすく書いてあると思いますけど」
「そうか。私にはまったくわからなかった」
 そう言ってロイはため息をついた。
「材料だけはわかったから買ってはきたんだが。そこでだ。少尉に頼みがある」
「まさかこれを作って欲しいなんて言わないでしょうね」
 先手を打ってその可能性を示唆すると、ロイは首を振った。
「違う。私が作るからこのレシピを解説してくれ」
「・・・は?」
「だからたとえば・・・リンゴの芯を取って薄切りにする、とあるだろう」
「ありますね」
「どうやって芯を取ればいいのか、とか」
「リンゴの芯、取ったことないんですか?」
「ない」
 堂々とそう言い切ったロイに不安しか覚えず、リザはこめかみを押さえた。

 リンゴの芯も取れない男に口だけで説明などできるはずもない。
 リザは実際に手順をやってみせながら、ロイと一緒にアップルパイを作ることになった。
 オーブンを200度に予熱して・・・と言ったら「どうやって?」と首を傾げるロイである。
 一体どうしてその程度の知識でお菓子作りをしようと思ったのか。
 長方形のパイ生地の上にリンゴを並べてくるくる巻くだけの成形についても、リザが3個作る間にロイは1個を四苦八苦しながら作る手際の悪さである。
 ようやくオーブンに入れたときは、リザも安堵から息がこぼれた。
「これで15分待てばいいんですよ」
「そうか。簡単だったな」
「そういうことは一人で全部してから言って下さい」
 使ったボウルや鍋を洗いながらリザがそう苦言を呈すると、ロイは恥ずかしそうに頭をかいた。
「面目ない。少尉、洗い物は私がやるから君は向こうで寛いでいたまえ」
「ではそうさせていただきます。あ、中佐。オーブンが鳴っても慌てて鉄板出さないで下さいよ。ミトンとかあります?」
「たぶんどこかに」
 オーブンの予熱の仕方も知らないのだからミトンなど使ったこともないのだろう。まさかいきなり素手でつかむとは思わないが、濡れ布巾程度では火傷すること必至だ。
 ロイが洗い物をしている間に、リザはオーブンの鉄板を取り出すミトンを探して引き出しをあちこち開けた。
「おー!おいしそうじゃないか!」
 焼き上がったバラの形のアップルパイを見て、ロイは感嘆した。
「うん、見た目は完璧だ。・・・こっちの3つはちょっとパイ生地がはがれかけてるけど」
「それ、中佐が作ったやつですよ」
「そうか。・・・君には私の作ったパイを食べさせたかったんだが、やっぱりきれいな形の方がいいよな」
 いささかしょんぼりしながらそう言った男がかわいらしくて、リザはくすくす笑った。
「個性的で素敵ですよ。私も自分で作ったのより中佐の作ってくださったパイが食べたいです」
「そうか。じゃあお茶を淹れるから向こうで待っててくれ」
 とたんに元気を取り戻したロイの言葉に甘えて、リザはリビングのソファに座ってお茶とお菓子を待っていた。
「お待たせ。どうぞ召し上がれ」
 意気揚々とロイがマグカップに入った紅茶を持ってきた。ティカップでないあたり、普段自宅に人を呼ばないらしいことが窺えてそれがリザは少し嬉しかった。
「いただきます」
 バラを形作ったパイは見た目がかわいらしくて、フォークを入れるのが少し惜しい。
 口に入れると焼きたてのパイはザクザクと歯触りがよく、バターの風味とリンゴの酸味が広がって、リザは頬を緩めた。
「おいしい?」
 感想を急かすロイはどこか落ち着かない様子だった。
「すごくおいしいです」
「よかった」
 ロイはホッとした様子で自分もパイを頬張った。
「うん!うまい!ヒューズのとこで食べたやつよりうまいな!」
「ヒューズ中佐?ということはグレイシアさんのレシピなんですね」
 手順の簡単さと間違いない味に、リザは納得した。
「次は1人でできるからな。楽しみにしていたまえ」
 上機嫌のロイは、自信たっぷりにそうリザに約束した。




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Author:かりん
ロイアイ好きすぎて、
ついに自分で書き始めてしまいました。

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