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「マスタングさんち」
-Remember

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「子どもができたみたいです。」
 そう言われて、ロイは目を瞠った。
 言葉はきちんと聞こえていたのだが、理解が追いつかない。
 よっぽど間抜けな顔をしていたのか、リザはふきだした。
「子ども・・・?」
 ロイが呟くと、リザは頷いた。
「誰が?」
「私です。」
「私の?」
「当たり前でしょう。撃たれたいですか?」
「いや・・・そうじゃないけど。・・・子ども?なんで?え?」
「ちょっと落ち着いて下さい。」
「うん、大丈夫だ。落ち着いてる。うん。」
 上の空で頷きながら、ロイはリザの髪をなでた。
 マダムやブレダやレベッカの言動がロイの頭で怒涛のように再生され、パズルのピースのようにぴったりあわさった。
 はっとしてリザの目を覗き込むと、リザはロイの反応をじっと窺っていた。
「そうか、子どもか。」
「そうですよ。」
「そうか。よかった。」
 そう言うとロイは崩れ落ちるように、リザのひざに頭をのせた。
「なんか・・・死ぬような病気とかだったらどうしようかと思った。」
「なんでそうなるんですか。でもごめんなさい。ご心配おかけしました。」
 リザはロイの黒髪に手を差し込んで優しく梳いた。
「いつわかったんだ?」
「あなたと電話で話した次の日ですよ。」
「すぐ教えてくれればよかったのに。」
 ロイが恨めしげに言うと、リザは苦笑した。
「だってそうしたら出張放り出して帰って来ちゃうでしょ。」
「当然だ。」
「副官として承認できません。」
「じゃ帰ってきたときにすぐ教えてくれればいいじゃないか。」
「それはそうなんですけど・・・」
 そう言ってリザは後ろめたそうに目をそらした。
「だってほら・・・ぬか喜びさせたら悪いかな、って。」
「ぬか喜びって?」
 ロイは首を傾げた。
「病院ついてすぐくらいに出血しちゃって。切迫流産かもって言われたんですよ。」
「え?流産?」
 ロイが顔色を変えたので、リザは慌てて手を振った。
「違います。切迫です。流産しかけてるかも、ってことです。」
「大変じゃないか!」
 ロイは頭を起こしてリザにつめよった。
「・・・あ、だから入院?」
「いえ。それだけじゃなくてつわりがひどかったので。」
 リザはなだめるように、ロイの肩に手を置いた。
「なんかもうとにかく気持ち悪くて、水を飲んでも吐いちゃって、胃の中が空っぽになってもう胃液も出ないのにずっと吐き気がおさまらなくて、お腹も痛いし、最初の一週間はもう夜も寝れないくらいずっと吐いてました。」
「・・・壮絶だな。」
 ロイは青ざめた。
「水も飲めないんでずっと点滴してもらって。ここ何日かやっと回数もおさまってきたとこです。」
「そ、そうか。」
「せっかく来てもらっても私はつわりで寝たきり状態だったし、もし流産しちゃったらがっかりさせるだけだし、だから落ち着いてからでいいかな、と思ったんですけど。」
 そう言ってリザはロイの手を握った。
「やっと落ち着いてきて、マダムやレベッカにあなたに連絡しろ、ってせっつかれてはいたんです。でも鏡見たら自分でもびっくりするくらいやせてたし、実際10キロ近く体重落ちてたし。こんな状態であなたに会ったらその・・・心配させるかな、と。」
「確かにびっくりした。」
 ロイは頷いて、リザを抱き寄せた。
「でも何にもわからず君が行方不明になっちゃうほうがもっとずっと心配するじゃないか。」
「そうですよね。マダムに叱られました。」
リザは恥ずかしそうにそう言って、うつむいた。
「でもほら、ささやかな女心というか、女の見栄っていうか。つわりのせいか、ホルモンバランスのせいか、栄養失調かわかりませんが、今の私ひどい顔してるし、肌荒れも酷いし、髪もボサボサだし。」
「バカか、君は。そんな女心は私に発揮せんでいい!よそ行き用にしまっときなさい!」
「それに・・・」
リザはそこで言葉を切ると、ぎゅっとロイを握る手に力をこめた。
「・・・リザ?」
急に黙り込んでしまったリザを不審に思い、ロイはリザの顔を覗き込もうとした。
「それに・・・困らせたくなくて。」
リザの声が震えた。
ごめんなさい。
そう呟いたリザを、ロイは唖然として見つめた。
「君・・・バカなのか?」
「誰がバカですか!」
リザは涙目のまま、キッとロイをにらんだ。
「君だ!大バカだ!何年前にプロポーズしたと思ってんだ!私はそんなに無責任な男じゃないぞ。大体・・・大体、私が妊娠の可能性を無視して君と寝ると思うのか?どんな最低男だ、私は!」
ロイは乱暴に頭をかきむしると、リザの鼻に指を突きつけた。
「いいか?私はな、10代の頃から避妊は女性に対する最低限の礼儀だって躾けられてんだ!そのことに関しては常に細心の注意を払ってきたし、あの約束の日の前までは君に対してだって同じようにしてきたんだぞ。それを最近ルーズにしてたのは、相手が君ならば、そうなっても構わないと真剣に思ってたからだ!」
初めて聞く話に、リザはポカンとしてロイを見つめた。
「君にとっては降ってわいた想定外の妊娠かもしれんがな、私にとってはそうじゃない!予定外ではあっても想定内だ。見くびるんじゃない!」
鼻息荒く一息でそう言うと、ロイはリザの鼻を指で軽く弾いた。
リザは呆気にとられたまま、ボー・・・とロイを見つめた。
そして、その瞳がジワリと滲み、ロイは慌てた。
「あ・・・リザ?ごめん、言い方がきつかった?」
リザは首を横に振ると、ロイの胸に体を寄せた。
「私・・・産んでもいいですか?」
「は?なんだ、今さら。」
「あなたの子ども、産みたいです。」
「当たり前じゃないか。」
ロイはため息をつくと、すっかり小さくなったリザの背中に手を回して引き寄せた。
「私だって君との子どもが欲しいよ。前にもそう言ったじゃないか。冗談とでも思ってたのか?」
「いいえ、思ってないです。」
リザは泣き笑いの顔で言った。
「ただ困るんじゃないかな、って。」
「だから困らないって。結婚のことも仕事のことも早急になんとかするよ。見くびるな。」
ロイの言葉は、リザの胸に暖かくしみこんできた。
ロイの胸がぐっしょりと湿って重くなるまで、リザはそこに顔を埋めたまま離れなかった。




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子どもが欲しいロイさんのお話
 → 2人ともう1人
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