FC2ブログ

「Et cetera」
-2016年6月~8月

グラス

 ←争奪戦 →こちらから
 それは青い波のようなラインの入ったグラスだった。

「しまった。」
 床で砕けてしまったグラスを前に、ロイは青ざめた。
 夜中に目が覚めて水を飲みに起きたのだが、不注意で手を滑らせてしまった。
 しかもよりによってそれはリザのお気に入りのグラスだった。
 飲み口が広く、真ん中が少しくぼんでいて、下半分がゆらりと丸くなったフォルムはどちらかというと歪だったが、リザは「これがいい」といつもそれを使っていた。
 真ん中に青いラインがユラユラと波のように描かれ、光にかざすと下半分はうっすらと紫色のグラデーションが入っていた。
 とりあえず大きな欠片を拾って袋に入れていると、物音に気づいたのかリザがカーディガンを羽織って起きてきた。
「あ、それ。」
「すまん。割ってしまった。」
 そう言って顔をあげると、リザはの目が切なげに一瞬細くなった。
 あ、と思ったときにはリザはもういつもの顔で、「仕方ありませんね」と言った。
「指、ケガしちゃいけませんからそのままにしてください。掃除機持ってきますね。」
 パタパタと掃除機をとりに行く背中を見ながら、なんだか申し訳ない気持ちでいたたまれなくなった。

 リザはあのグラスをどこで買ったのだろう。
 翌日大量の書類に辟易としながら、ふと気づくとそのことばかり考えていた。
 リザの食器棚に並んでいるグラスはいずれも「5客セット1200センズ」と値札がついていたようなシンプルなものばかりだった。
 その中で唯一異彩をはなっていたのがあのグラスで、リザはそれを普段使いにしながらもとても大切にしていたのだ。
 たんに手前にあったから、という理由でうっかりそれを使ってしまったことを、ロイは後悔していた。
「大佐。手が止まってますよ。」
 一方、肝心の副官は今日も通常通りだ。
 内心はともかく、表面的にはいつもとまったく変わりない彼女の姿をロイはおもわずじっと見た。
「・・・なんですか。」
 ロイの態度に、彼女は眉をひそめた。
「あれ、気に入ってたんだろ。」
 ロイがそう言うと、リザは一瞬きょとんとし、それから何のことかに思い至ったのか苦笑した。
「そんなに気にしなくて結構ですよ。」
「どこで買ったものなんだ?同じもの買うよ。」
「すみません。同じものはないんです。あれ、買ったものじゃなくて。」
 彼女の言葉に、ロイはうなだれた。
「もらいものか。もしかして一点物?」
「もらいもので間違いなく一点物ですが、覚えてませんか?」
「・・・何を?」
「・・・プライベートなことなので後にします。本当に気にしないでくださいね。」
 リザはそう言って書類をいくつか抱えて出て行ってしまった。
 ロイはしばらくぼんやり書類を眺めていたが、バシンと顔を叩き猛然と仕事に取り組み始めた。

「おいハボック!ぐずぐずするな!次はミランダ通りだ!」
「ミランダ通り?なんでそんなとこ!」
「うるさい!黙ってついてこい!」
 1日分の書類を驚異的な早さで片付けたロイは、ハボックを従えて町の視察に出ていた。
 そうは言っても視察など名目ばかりで、実際はあちこちの雑貨屋を連れ回され、ハボックはうんざりしていた。
「大佐。何探してんですか?」
「グラスだ、グラス。」
「グラス?」
「昨日割ってしまったんだ!」
 大きさも色も形も様々なグラスがあったが、どれも直線的な美しさのグラスばかりで、リザの気に入っていたような歪な形のグラスはなかった。
 青っぽくて、真ん中にラインが入っていて、曲線的なグラス・・・と呟きながらあちこちの店を回るが、どれもイメージにぴんとこない。
「ハボック。おまえ、他に雑貨屋知らないか?」
「知らねーっすよ。つうか、グラスなんて何でもいいじゃないですか。」
「うるさい!そんなこと言ってるから貴様はモテないんだ!」
「ひでー!八つ当たりせんでくださいよ!もういっそ自分で作っちまったらどうですか!」
 ハボックの言葉に、何かがちらりと頭をよぎった。
 ・・・なんだ?

 覚えてませんか?

「あ。」
「え?なんっすか?」
「いや、なんでもない。」
「そういや駅の西口に中尉お気に入りの輸入雑貨の店があるらしいっすよ。」
「中尉のお気に入り?なんでおまえがそんなこと知ってるんだ?」
「妬かんでくださいよ。前に彼女の誕生日プレゼントの相談したら、中尉が教えてくれたんです。」

「中尉。これ、昨日のお詫びだ。」
 家に帰ってから箱を取り出すと、リザは笑った。
「気にしなくていい、って言ったのに。」
「でも昨日、悲しそうな顔したじゃないか。」
「愛着はありましたけどその程度ですよ。」
「あれ、私が昔錬成したグラスだろ?」
 ロイがそう言うと、リザは驚いたように目を見開いた。
「覚えてたんですか?」
「いや、忘れてた。昼に思い出したんだ。」
 確かビー玉とグラスを使って錬成の練習をしていたんだった。
 あまり上手にできなくて、たまたま近くにいたリザにあげたような気がする。
 それをリザは大事に今まで使ってくれていたのだ。
「あんな下手くそなグラスはどこを探してもなくてな。仕方ないから普通にかわいいグラスを買ってきた。」
「私のお気に入りを下手くそとか言わないで下さい。これ、開けてもいいですか?」
 ロイが頷くと、リザは丁寧に包装紙を解いて箱を開けた。
 ミントティグラスが2客、その中に入っていた。
 リザの使っていたものよりもバランスのとれた緩やかな曲線が美しく、下半分に深みのある鮮やかな色が塗られ、切り返しのところにはオリエンタルな装飾がゴールドで施されている。
「きれい。」
「私の手作りには及ばんがな。」
「偉そうに。このグラスに免じて仕方なく許してあげます。」
「お礼のキスは?」
「お詫びのキスが先でしょう。」
 自分で言っておきながら照れてそっぽを向いてしまった彼女の頬に、ロイは軽く唇をつけた。



にほんブログ村 小説ブログへ 
ランキング参加しています。クリックいただけると励みになります。

関連記事
スポンサーサイト
総もくじ 3kaku_s_L.png 少尉と中佐
総もくじ 3kaku_s_L.png 中尉と大佐
総もくじ 3kaku_s_L.png マスタングさんち
総もくじ 3kaku_s_L.png 彼と彼女の
総もくじ 3kaku_s_L.png Et cetera
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png プロローグ
総もくじ  3kaku_s_L.png 少尉と中佐
もくじ  3kaku_s_L.png ロイとリザ
総もくじ  3kaku_s_L.png 中尉と大佐
総もくじ  3kaku_s_L.png マスタングさんち
もくじ  3kaku_s_L.png 彼の親友
総もくじ  3kaku_s_L.png 彼と彼女の
総もくじ  3kaku_s_L.png Et cetera
もくじ  3kaku_s_L.png 新刊サンプル
  • 【争奪戦】へ
  • 【こちらから】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【争奪戦】へ
  • 【こちらから】へ