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「Et cetera」
-2017年11月~12月

ホームにて|少尉と中佐

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 空色の汽車をぼんやりと眺めていた。
 暖かそうな車内では、兄妹らしい子どもたちが笑顔でふざけあっている。
 彼とあんなふうにじゃれあったことはないけれど、確かにあった愛情のようなものを思い出して、不覚にも鼻がツンと痛んだ。
 東へ向かう各駅停車は、乗ればふるさとまで向かう。
 向かったところで、帰る場所も待つ人ももういない。
 だから私があの汽車に乗ることは二度とないのだけれども、それでもあの懐かしい風景を求めて時々無性に寂しくなる。
 隣にいて欲しい男は、今日もデートに行ってしまった。
 1年のうち、この日だけは共に過ごしたいと思っていた。
 とはいえ、それを口に出したことはないので、そのことで彼を責めることはできない。
 過去のしがらみは切り捨てて、これからはただの上司と部下になる、と決めた。
 そう約束した手前、「あなたの誕生日を祝いたい」とはついぞ言えなかった。
「少尉、今日はデートだ。定時にあがりたいから調節してくれ。」
 そう告げられ、一瞬反応が遅れた。
「承知しました。」
 おそらく気づかれなかったとは思うけど。
 昔から自分のことに無頓着な人である。
 今日が自分の誕生日だということも忘れているに違いない。
 プレゼントを用意することはできなかった。
 あなたは特別です、と告げるに等しい気がして恥ずかしかった。
 だからせめて、彼の好物を作って一緒に食べようと思っていたのに。
 張り切って昨日のうちに牛肉のかたまり肉を下ごしらえしたのに、無駄になってしまった。
 奮発してちょっといいワインも買ったのに。
 それでも彼を責めるのは理不尽だろう。
 とりあえず家に帰って、ビーフシチューを作ろう。
 1人で食べるには多すぎるから、レベッカでも誘ってみようか。
 駅の柱時計に目をやり、またため息が出た。
 21時5分前。ちょっと長居しすぎた。
 空色の汽車が動き出した。
 車内でじゃれ合っていた子どもたちが窓に張り付き、こちらに向かって手を振っていた。
 回りを見回したが、私以外に人はいない。
 そっと手を振りかえしてみると、子どもたちは嬉しそうにさらに大きく手を振った。
 私はグーッと背伸びをして、立ち上がった。
 吐いた息が白い。
 十分感傷に浸った。また明日から頑張ろう。
 あの汽車に乗っても、懐かしい風景にはもう戻れない。
 古い家、鬱蒼と木が茂った暗い山道、広がる農場、でこぼこの田舎道。
 繋いでくれた大きな手と、優しい笑顔。
 戻れないけれども、それがあったから今も1人で立っていられる。
 少し寒くなったので、コートの前をしめた。
 カツカツとヒールの音が響く。
 イーストシティの道路は、車道も歩道も舗装されていて歩きやすい。
 繋いでくれる手はなくとも、1人で歩ける。
 しかし自分のアパートメントの前で不審な人影が目に入り、私は眉をひそめた。
 その人影はうろうろと入り口付近を歩きまわり、時折顔をあげては窓の明かりを確かめているようだった。
 さらに近づき、それが見知った顔であることに気づいて、私はホッと息を吐いた。
「中佐、何してるんですか?」
 その声に、彼は振り向いた。
 明らかに安堵したような表情で、私の方に歩み寄ってくる。
「少尉、遅かったな。」
「ちょっと寄り道してました。」
「寄り道。」
 彼は眉を寄せた。それからそっと手をあげて、指の背で軽く私の頬に触れた。
「冷たいな。」
「そうですか?」
「夜道の一人歩きは危ないぞ。」
「ご心配には及びません。それよりどうしたんですか?デートは?」
「たいした情報じゃなかったし、軽く食事して早めに切り上げた。それより君、大丈夫か?」
 心配そうに私の顔を覗き込んでそう訊いてきた中佐に、私は面食らった。
「何がですか?」
「今日元気なかった。いつもより上の空だったし。具合でも悪いのかと思って。」
 私は驚いて固まった。
「君、人には体調管理だのなんだのってうるさく言うくせに、自分には無頓着だから。熱はなさそうだけど。もしかして疲れてるのか?悪いな、いつも無理させて。」
「い、いいえ。」
 押し出すようにして、ようやくそれだけ言った。
「あの、別にそんなんじゃないんです。なんていうかその・・・個人的なことです。」
「個人的なこと?」
 中佐は何か言いかけて、ためらうように目を伏せた。
「・・・そうか。えー・・・と、私がその個人的なことについて尋ねるのは遠慮した方がいい?」
「たいしたことじゃないんです。ビーフシチューなんですけど。」
 急によそよそしくなった中佐の態度に慌てて、私の言葉も混乱した。
「・・・は?」
 案の定、中佐はきょとんとした。
「えーと、昨日、お肉が安かったんです。それで今日はビーフシチューにしようと思って、下ごしらえもすませちゃって。あなたが喜ぶかな、と思ったんですけど、それを言う前にあなたから今日はデートだって言われて。それで勝手にちょっとがっかりしただけです。」
 どうしよう。支離滅裂だ。
 しゃべればしゃべるほど余計なことまで口にしてしまいそうで、私は眉を下げて中佐を見た。
 中佐は穏やかな目で私を見ていた。
 それからふわりと優しく私の髪をなでた。
「そうか。すまなかった。」
「なんで謝るんですか?」
「がっかりさせて悪かった。」
「中佐のせいじゃないでしょ。」
「がっかりなんてさせたくないんだよ、君だけは。」
 そう言って彼は私の額に鼻先をつけた。
「まだ残ってる?ビーフシチュー?」
「今帰ってきたところですよ。まだ作ってません。」
「じゃあできたら食べる。」
「もう遅いんですからお帰りください。」
「じゃあ明日。」
「明日ですか?」
「うん。仕事は定時までに片付けるから。約束。」
 彼は私の手をとると、その小指に自分の指を絡ませた。
「約束だぞ。」
 念を押すように繰り返す彼に、私は小さく頷いた。





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