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「Et cetera」
-2018年1月~6月

HERO|少尉と中佐

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 ある者は侮蔑と嘲笑を滲ませて
 また別の人は畏怖と畏敬を込めて
 人は私を「英雄」と呼ぶ。

 アルコールで火照った頬が夜気に冷やされる。
 社交の場でさほど酒を口にしたわけではなかったが、悪酔いしたような嘔気が胃を圧迫していた。
 グラマン中将の代理として呼びつけられた某鉄道会社の新役員就任パーティは、予想通りうんざりするほど気持ちの悪い世辞と賛辞の応酬に終始した。
 軍人である私の存在自体まったくの場違いとしか思えないのだが、軍事国家であるこの国でパーティを開く以上、軍官僚の招待は慣習となっている。
 呼ばれる側としても人脈の構築、寄付金の取付け、幅広い情報収集など確かに利はあるのだろう。
 しかし粗野な軍人が、華やかないわゆる上流階級の中で馴染むはずもない。
 細かいことまで義母に仕込まれた自分は、立ち居振る舞いもそれなりだったとは思うが、愛想笑いにも限度があった。
 ため息が白く闇に溶けていく。
 今日はとても眠れそうにない。
 少し前までこんなふうに寝付けない夜は、繁華街で適当に知り合った女を誘って気を紛らせていたのだが、最近はそれをきっぱりやめてしまった。
 雑貨屋の角で足を止めた。
 会いたい気持ちが半分、情けない自分を晒したくない気持ちが半分。
 声だけでも聞けば満足できるだろうか。

「はい、ホークアイです。」

 目に付いた公衆電話から、いささか逡巡しながらも結局電話をかけてしまった。
「・・・もしもし?」
「・・・あー、少尉?」
「中佐?どうされたんですか、こんな時間に?」
 緊張したような声音に、少し申し訳なさを感じた。
「なにか急ぎの事件ですか?」
「違う。君の声が聞きたかった。」
 吐き出すようにそう告げると、彼女はしばらく沈黙した。
 ふざけるなとか、酔ってるんですかとか、くだらないことを言ってないで早く寝ろとか、彼女のいいそうな言葉をいくつか浮かべてみたが、彼女は静かに息をついただけだった。
「今どちらですか?」
 長い数秒の後、彼女はそう訊いた。
「雑貨屋の前の公衆電話。」
「お茶でも淹れますから。すぐにきてください。」
 いつになく優しいその誘いに、私はびっくりした。

「どうしたんですか?真っ青ですよ。」
 深夜にも関わらず部屋を暖めて私を迎えてくれた少尉は、私の顔を見て眉を寄せた。
「とにかくあがってください。今、お茶を・・・」
「少尉・・・」
 彼女の顔を見て安堵したのか気が緩んだのか。
 ずっと息苦しかった胸の重しがすっと軽くなった。
 しかし抑えていた嘔気が急にこみ上げてきて、私は口を手で覆った。
「す、すまん。少尉。」
「どうしたんですか?」
「気持ち悪い。」
 彼女は真顔のまま私の手を引いて、手洗いのドアを開けた。
 みっともないことに、私はパーティで口にした食べ物のほとんどをトイレにぶちまけてしまった。
 オードブルのチーズやクラッカーやトマトやローストビーフなど、未消化のまま全部だ。
 涙目のままケホケホとうずくまっていると、彼女は黙って私の背中をさすった。
 ようやく胃のけいれんが落ち着いて、彼女に差し出されたタオルで口を拭っていると、彼女は呆れたようにため息をついた。
「そんなに飲んだんですか?」
「いや、今日はそんなに飲んでいない。」
 私は首を振った。
「ウェルカムドリンクのシャンパンと、ワインを2杯くらいだ。」
「だったらどうして・・・」
 途中で小言を飲み込み、彼女は首を振った。
「口をゆすいできてください。お茶、淹れてきます。」
 離れようとした彼女の手首を、とっさにつかんだ。
「・・・対面でステーキを焼いてたんだ。なんていうんだ?ライブ調理?」
 目を伏せたままぼそぼそと呟くように言うと、聞こえづらかったのか彼女は私の前にしゃがみこんだ。
「その匂いがな、なんかだめだった。」
 彼女は何も言わなかった。
「食べなければすむ話だ、と思ってコールドタイプのオードブル系を少しつまんだんだが。あれだな、セレブってのは私のことを『英雄』って言えば褒め言葉だと思ってるみたいなんだ。嫌みでも皮肉でもないことはわかってるが、『人殺し』って笑顔で詰られてるみたいだった。それに加えて肉の匂いだ。おまけに映画の話でもするみたいに戦場の話を聞かせてくれ、なんて言われたんだ。このような晴れの場では無粋で申し訳ない、と言ってしのいだが。なんかこう、ちょっと精神的に、きた。」
 一息にそれだけ言って、私は顔をあげた。
「被害妄想だって、わかってるよ。」
 何とか口角をあげて笑顔らしきものを作ろうとしたが、それを見せる前に彼女に抱きしめられた。
「・・・汚れるぞ。」
「かまいませんよ、別に。」
 されるがまま彼女の胸に鼻を押しつけると、ふわりと甘い香りがした。
 柔らかくて、暖かくて、とても安心する。
 しばらくそうしていたが、口の中が生臭くべたつくことに不快感を感じた。
 非常に離れがたくはあったが、私はそっと彼女を抑えた。
「ありがとう。楽になった。」
「どういたしまして。」
「口、うがいしてきてもいいかな。」
「どうぞ。おいしいお茶、準備してきますね。」

 彼女の淹れてくれたアップルティは、甘酸っぱくてとてもおいしかった。

「君は私のヒーローだ。」
「どういう意味ですか?」
「ピンチの時はいつも助けてくれる。」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる。すごく褒めてる。」
「まったく嬉しくないんですけど。」





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