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「Et cetera」
-2018年1月~6月

旅をしよう

 ←あなたは私を喜ばせる →彼の母
 旅をしよう。
 いつか2人で。
 いつかどこかへ。
 過去も未来もしがらみも全部忘れて。
 名前すら内にしまって。
 そうしてただの男と女として。
 あてもなくただひたすらに、ただ互いの手だけを携えて。
 そんなふうに君と歩けたら、と。
 叶わぬ夢とは知っている。

 足を引きずるようにして、なんとか自宅までたどり着いた。
 最近、小火事件が増えていた。
 幸いなことに人身被害はまだ起きていなかったが、先週は連続してゴミ集積場への放火が報告され、司令部総出の捜査となっている。
 そのうちの一軒はイーストシティで有名な劇場の裏手であり、テロの疑いも懸念されていた。
 おかげで徹夜と泊まり込みが続いている。
 交代で休みを取るように指示はしていたのだが、部下を優先した結果自分は3週間連続勤務となっていた。
 副官に叱られ、鬼のような顔で直帰を命じられた。
 どちらが上司だったか、たまにわからなくなる。
 しかし自覚していた以上に、体は限界を超えていたらしい。
 自宅をこんなに遠く感じたのは初めてだ。
 玄関のドアが重い。
 靴を脱ぐのもだるい。
 リビングのラグに倒れ込むと、意識は泥のように沈んだ。

 誰かが私を呼んでいる。
 その声にぼんやりと意識が浮上したが、まだ覚醒には至らなかった。
 ふわふわとさまようようなまどろみの中で、心地よい声が響く。

 ああ、君が好きだ。

 そう思うと、ぴたりと声がやんだ。
 もしかして声に出ていただろうか。
 もう一度その声を聞きたくてでたらめに手を伸ばすと、一回り小さな手が私に触れた。
 離れないようにそれを握ると、控えめながら握り返してくれる。
 それが嬉しくて、私は大きく息をついた。
 
 旅に出ないか?
 何もいらない。ただ君がいてくれれば。
 どこにでも行ける。君が手を握っていてくれるなら。
 行き着く先がどこであろうと、君と見る世界はすべてが美しい。

 素敵ですね。

 そう聞こえた。夢かもしれない。

 起き上がると、副官がソファにもたれるようにして雑誌を読んでいた。
「お目覚めですか?」
「ああ。」
 時計を見ると深夜に近い。
 家に帰ってきたときはまだ夕方だったはずだ。寝ていた、というよりは気絶していたと言う方が正しそうだ。
「大丈夫ですか?ご飯、食べます?」
「食べる。お腹すいた。」
 私が頷くと、副官は椅子に掛けていたエプロンをしてキッチンに立った。
「君はいつ来たんだ?」
「9時頃です。あなたのことだからまともにご飯なんか食べないだろうと思って。案の定です。」
「そうか。起こしてくれればよかったのに。」
「起こしましたよ。」
「本当?」
「なんか幸せそうな顔して寝言いってました。どんな夢見てたんですか?」
「夢?」
 私は首を傾げた。
 ふわふわとした幸せな感覚はなんとなく覚えているが、夢を見た記憶はない。
「覚えてないな。私は何を言っていた?」
「・・・さあ。」
「さあ、って?」
「よくわかりませんでした。」
「本当に?」
「本当です。」
 急に彼女の態度が素っ気なくなった気がした。







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