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「Et cetera」
-2018年1月~6月

名前のない時の中で|少尉と中佐

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 昼寝でもしようと屋上にやってきたら、少尉がいた。
 とっさにドアの影に身を隠して、様子を窺う。
 見覚えはあるが名前は知らない若い男が、緊張した面持ちで少尉に好意を告げていた。
 少尉は困った様子で、首を横に振っていた。
 私は音がしないようにゆっくりドアを閉め、一息ついてから乱暴にドアを開けた。
「何だ、少尉。こんなところにいたのか。」
 物音にびっくりしたような顔をして、2人は私を見つめた。
「じゃあその・・・俺はここで。」
 気まずそうに、男は私の横をすり抜けていった。

「断っちゃったのか?」
 夕飯後、私は昼間の話を蒸し返した。
「なんのことですか?」
 食器を洗いながら、少尉は顔もあげずそう訊いた。
「屋上で。告白されてただろ?」
 私はミルクパンに水を張り、コンロに掛けた。
 それからティポットに、吟味した紅茶の葉っぱを2人分入れた。
「見てたんですか?」
 少尉が私を睨んだ。
「たまたまだ。」
 洗い物を終えた少尉が出してくれたカップに、沸いたお湯を入れて温める。
 ティポットにも湯を注いで、紅茶の葉が開くのを待った。
 少尉は冷蔵庫からチョコレートを出して、リビングのテーブルの上に置いた。
「なかなか男前だったじゃないか。私ほどじゃないが。」
 丁寧に淹れた紅茶を少尉と自分の前に置いて、私も座った。
「その根拠のない自信はどこからくるんですか。」
 少尉は呆れたようにそう言って、カップにそっと口をつけた。
「おいしい?」
 私がそう訊くと、彼女は微笑んだ。
「すごくおいしいです。ありがとうございます。」
 率直な賛辞に、私は気をよくした。
 昔、まだ私が彼女の家に居候していた時から、紅茶を淹れるのは私の役目だった。
 あの時ほど純粋で穏やかな関係ではいられなくなってしまったが、2人でこうして並んで紅茶を飲むこの時間は、今も変わらず泣きたくなるほど愛おしい。
「今日の彼、どこのどいつだ?」
「士官学校の同期ですよ。」
「仲良かったのか?」
「別に。ずっと好きだった、って言われましたけど。そんなに関わった記憶ないです。」
「ふーん。学生時代から好きだったなら、なんで今頃告白なんかするんだろうな。」
「さあ。たまたま近くにいたからじゃないですか?」
 言葉は辛辣だったが、本気でそう思っているわけじゃないことは雰囲気で分かった。
 そしてそれを私に話すつもりがないであろうことも。
 内心歯がみしながら、それを気取られないように私はチョコレートの包みをはいで口に放り込んだ。
「少尉。」
「なんですか?」
「君は好きな男とかいないのか?」

 少し間があいた。

「いませんよ。」
「できたらどうする?」
「何が?」
「好きな男。」
「別に。」
「別にって?」
「何も変わらないと思います。」
「告白とかしないのか?」
「しません。」
「じゃあ告白されたら?」
「誰から?」
「好きな男から。」
「されないと思います。」
「どうして?」
 少尉は答えなかった。

「もし中佐に恋人ができたら」
 ・・・なんだと?
 私は少尉を見つめた。
「こんなふうに2人でお茶を飲むこともなくなるでしょうね。」
「恋人はできん。」
 私は低い声で言った。
「好きでもない女を恋人にする気はない。」
「好きな女なら恋人にするんでしょう。」
「誰も好きにならん。」
 君以外は。
 一番大事な言葉を、声にすることはできなかった。
 彼女は何か言いたそうに私を見たが、私の険のある視線に怖じ気づいたのか、それ以上は何も言わなかった。

 昔2人でお茶を飲んでいたときは、この時間がずっと続くような気がした。
 けれども今、こうして2人で過ごす時間は永遠ではないのだと。
 お互いそれを知った上で、いつかくるその終わりから目を背けて。
 繋がることも離れることもできないまま、ただ束の間を共に過ごした。





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