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「Et cetera」
-2018年6月~12月

少尉のお使い|2

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「遅かったじゃないか。」
 ホテルに戻ると、不機嫌そうな顔で中佐はビールを飲んでいた。
「中佐は早かったんですね。」
「19時は回ってたよ。」
 中佐に促されるまま隣に座ると、彼は黙って新たにグラスを出しビールを注いだ。
「あの、私は遠慮します。」
「どうして?」
「疲れたので部屋に戻ります。」
「まだ報告を聞いてないぞ。もしかして飲んだのか?」
「すみません。バーで何も飲まないのも申し訳なくて。」
「どうせマダムが勧めたんだろ。」
 だから嫌だったんだ、とブツブツ言いながら中佐は注いだばかりのビールをぐっと一気に飲んだ。
「5時過ぎには外に出したはずの君がこんな時間まで戻ってこなかった、ってことは食事くらいしてきたか?」
「はい。オムレツとバーニャカウダを。」
「なにか預かってきた?」
「ホットサンドをいただきました。」
 やっぱりお見通しなんだな、と中佐は 不機嫌そうに呟いた。
「君もつまめばいい。」
「いえ、私は。」
「オムレツとバーニャカウダだろ?夜中にお腹すいて眠れなくなるぞ。」
 私の差し出した袋を引ったくるように取りあげ、中佐はホットサンドの入った箱をテーブルに出した。
「見ろ。2人分だ。」
 たしかに1人で食べるには多すぎる量のホットサンドが並んでいる。
「少尉、コーヒーを淹れてくれ。2人分だ。」
「私のもですか?」
「私1人でこんなに食べれるわけないだろう。まったく過保護なんだから。」
 そう言って中佐は肩をすくめた。
「マダムと何を話した?」
 そわそわと落ち着かない様子を隠そうともせず、中佐はそう訊いた。
「特に何も。」
「嘘だな。マダムは怖いんだ。気がつくとしゃべる予定じゃなかったことまでなんでもしゃべらされるんだ。」
 そう言って中佐は顔を背けた。
「おまけにしゃべってないことまでなぜか知ってるんだ。」
 その様子がいつになく子どもじみていて、私はふきだした。
「信じてないな。本当だぞ。」
「そんなムキにならなくても。信じます。信じています。ちなみにマダムには何を知られたんですか?」
「いろいろあるけど、1番怖かったのは女の子と遊んだ次の日に必ず『できた、なんて報告聞いたら問答無用で切り落とすからね』って。」
 そう言って中佐は情けない顔でホットサンドを頬張った。
「普通に健全なデートだけの時は絶対言わないんだ。怖くないか?」
「そんなに大昔からふしだらだったんですね。」
「思春期にモテたもんだから調子に乗ってたんだ。君と知り合ってからは自重してる。」
 中佐は真面目な顔で頷いた。
「どうしてマダムのこと、話してくれなかったんですか?」
 ホットサンドがなくなる頃、非難するように私は訊いた。
「別に隠してない。君1人で店に行かせたくなかっただけだよ。折を見て紹介するつもりだった。」
 彼は言い訳するように手を振った。
「私のいないところで君にどんな話をするのかと思うと気が気じゃなくて。」
「話されて困るようなことがあるんですか?」
「別にない。ただマダムはいつだって私を坊や扱いするから・・・」
 そう言って彼はくしゃくしゃと髪をかきむしった。
「なんていうか・・・沽券に関わる、って思っただけだ。」
「大げさな。」
「尊敬される上司でいたいじゃないか。」
「尊敬されるふるまいをする方が先では?」
「・・・ふるまってない?」
「この前仕事サボってグラマン中将とチェスをした結果、大負けして仕事押しつけられてましたね。」
「・・・惜しかったんだ。次は中将に仕事押しつけてくるから。」
「自分でやった方が早いと思いますよ。」
「善処する。なあそれよりさ、マダム変な話してなかったか?」
「変な話って?初恋のミーナさんに振られて大泣きした話とか?」
「・・・5歳児の純情を君に話さないでほしいな。」
「お店の女の子に着せ替え人形にされて遊ばれた写真が今もたくさんあるとか。」
「見たの?」
「見てません。あとはお水と間違えてお酒一気飲みして急性アル中で死にかけたとか。」
「めちゃくちゃ暑い日だったから喉が渇いてたんだ。子どもの手の届くところにお酒を置いてたマダムが悪い。」
「冷蔵庫から自分で出して飲んだ、ってマダムが言ってましたよ。」
「ミネラルウォーターだと思ったんだよ。」
 彼はぶすくれた顔で腕を組んだ。
「やっぱりろくな話してないじゃないか。」
「いいえ。いいお話ばっかりでしたよ。ちょっと羨ましいです。」
「羨ましい?」
 怪訝な顔をした彼に、私はそれ以上は何も言わなかった。
 私には幼少時代の思い出も、それを語ってくれる人ももういない。
 親は子どもの幸せを願うものだ、とマダムは言ったが、あの父が本当にそれを願っていたかどうか今も疑問だ。
 あの子があんたの枷になるのなら、とマダムは言った。
 そうではない。
 枷になるとしたら私の方だ。
 焔の錬金術が。私の背中が。
 彼の幸せの枷になってしまったのなら。
 彼の親であるマダムに、私はどう償えばいいのだろう。
「マダムに何か言われた?」
 黙り込んでしまった私に、何か不審なものを感じたらしい。
 心配そうな顔で、彼は私の顔を覗きこんでそう訊いた。
「あなたは天然の人タラシだから気をつけろ、と言われました。」
「な!違うぞ!マダム、また勝手なことを!」
「自分の幸せを大事にしなさい、と言われました。私の幸せをつぶしてしまったらホークアイ先生に申し訳ない、って。」
「まるで私が君の幸せをつぶしてるような言い方じゃないか。」
 彼はふてくされたようにそう言った。
「そうですよね。どちらかというとあなたの幸せをつぶしたのが私なのに。」
 言うつもりのなかった言葉がぽろりと出てしまって、私ははっとした。
 慌てて口を押さえて彼を見ると、彼はきょとんとした顔で私を見ていた。
「君、何を言ってるんだ?」
「すみません、私が口にしていいことではありませんでした。」
「君、自分が私の幸せをつぶしたと思ってるのか?それじゃあ今の私が幸せじゃないみたいじゃないか。」
「え?中佐、幸せなんですか?」
 私の率直な疑問がどうやら気に入らなかったらしく、彼は眉間にしわを寄せて私の鼻をつまんだ。
「勝手に人を不幸にするんじゃない。君のおかげで仕事は順調だし、ご飯もおいしいし、めんどくさいセントラルの出張も、君を喜ばせるためのスイーツを買いに来たと思えばそれだけで十分楽しいし、とにかく君が側にいてくれるから私は十分幸せだ。」
「はあ。」
 彼はフンッと鼻を鳴らすと、私の鼻から手を離しておでこを弾いた。
「私が誰かをマダムに紹介するなんて、未だかつてなかったことなんだぞ。どういう意味か分かるか?」
「よくわかりません。」
「・・・だろうな。まあいい。マダムにはわかったみたいだからそれでよしとする。」
 悪いが片付けてくれ。
 そう言って彼はシャワーを浴びにバスルームへと入っていった。
 残された私はテーブルを片付けながら、中佐の言葉を繰り返し思った。





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