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「Et cetera」
-2018年6月~12月

中尉のお使い

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 カウンターで水割りを飲んでいると、奥から見慣れない格好の見慣れた女が、手に袋を持ってマダムに近づいた。
 彼女は私の姿を見て、少しだけ眉間にしわを寄せた。
 その口が「たいさ」と動きかけた。
 しかし彼女はその言葉を飲み込み、とってつけたような笑顔で「ロイさん」と私を呼んだ。
「いらしてたんですね。」
「ああ、君を待ってた。」
 私はグラスを揺らして氷を鳴らした。
 それが落ち着かないときの私の癖だと知っているマダムが、ニヤニヤと私を見ている。
 彼女は体の線が顕わになるゴールドのドレスを着ていた。胸元に大きく入った切れ込みが、彼女の豊かな胸を強調している。
 普段なら絶対つけない色のアイシャドウと、鮮やかな紅色のルージュが彼女の美しさを際立たせていた。
 彼女の「エリザベス」の顔は、いつも私に焦燥感と苛立ちを連れてくる。
「マダム、これ頼まれたものと領収書です。」
「ああ、ありがとう。今日はもうあがっていいよ。お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
 彼女は頭を下げて奥に向かいかけ、それから思い直したように振り返って私に近づいた。
「ロイさん。」
 そう言って彼女は、人差し指で私の頬をなぞった。
「表で待っててください。」
「ああ。」
 私が頷くと、彼女は微笑を浮かべて、今度こそ奥へと消えた。
 まったく。こんな所作どこで覚えたんだ。
 まあ、間違いなくこの店と、今目の前にいる私の養母が教え込んだに違いないけど。
 ぶすくれた顔で水割りを飲んでいる私に、マダムはナッツの皿を置いた。
「まだしばらくかかるよ。」
「だろうね。」
 私はナッツを口に放り込んだ。
「ていうか、彼女、どこに行ってたんだ?」
「おつかいを頼んだんだよ。」
「エリザベスをこき使うの、やめてくれる?」
「どの口が言ってんだか。」
「夜の繁華街で変な虫がついたらどうするんだ。」
「あの子なら上手くあしらうよ。」
 マダムは気に留める様子もなく、グラスを洗い始めた。
「エリザベスもエリザベスだ。」
 私はぐちぐちと不満を続けた。
「セントラルにくるたびに『ちょっとお手伝いしてきます』って。こっちは嫌みなじじいに囲まれて会議で缶詰だってのに。」
「あんたと違って親孝行だからね。」
「言っとくけど親じゃないからね、マダムは。」
「そう思うならそろそろ親にしてくれてもいいんじゃないかい?」
「なんでそういう意地悪いうんだよ。」
 知ってるくせに、と私はマダムを睨んだが、マダムはそれを鼻で笑った。
「エリザベスに変な男の相手とかさせないでくれよ。」
「ご挨拶だね。あんたより変な男なんてうちにはこないよ。」
「訂正。エリザベスに男の相手なんてさせないでよ。」
「たかだか1、2時間手伝うくらいで器の小さい男だね。」
 私は水割りを一気に飲むと、席を立った。
「ほら、これ汽車で食べな。」
 さっき彼女が持っていた袋から、マダムは小さな箱を取りだした。
 受け取ってよく見ると、最近雑誌で話題のケーキ屋の箱だった。
「何これ。」
「レモンタルト。人気なんだよ。」
「知ってる。私に持たせるおみやげを彼女に買ってこさせたの?」
「バカだね。それはついでだよ。」
 マダムは肩をすくめるとそれ以上は何も言わず、犬でも追い払うかのように手を払った。

「お待たせしました。」
 裏口から出てきた彼女は私服で髪こそおろしていたが、いつもどおり普通のワンピースにファンデーションとルージュだけのナチュラルメイクだった。
「いや、そんなに待ってない。」
 そう言って私は歩き出す。2歩後ろを彼女がついてくる。
「君、出張の鞄は?」
「駅のコインロッカーに預けています。」
「手抜かりないな。あ、これ。マダムから。汽車で食べろ、って。」
 私が箱を差し出すと、彼女はそれを受け取った。
「そうですか。楽しみですね。」
「なあ、君。まさかこれを楽しみにマダムのお店の手伝いに行ってるんじゃないだろうな。」
「なんのことですか?」
「君が手伝いに行くと、いつもマダムにおやつをもらってる気がするんだが。」
「気のせいじゃないですか?」




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