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「Et cetera」
-2018年6月~12月

彼の足音

 ←彼女の足音 →彼と彼女の足音
 逃げるように走って、リザは自分のアパートメントに駆け込んだ。
 ドアの前で鍵を取り出そうとして下に落とし、鍵穴にうまく鍵が差し込めなくて何度もガチャガチャとした。
 ようやくドアを開けて家の中に入り、そのままドアの前に座り込んだ。
 心臓が痛い。どくんどくんと脈打つ音が頭に響く。
 目元が熱い。
 耳を澄ましてみたが、彼の足音は聞こえなかった。
 自分で彼を置いてきたにも関わらずそのことが苦しくて、リザは自分のひざに顔を埋めた。

 こつこつこつ、と廊下に彼の足音が響く。
 いつもよりやや歩幅が広く、ペースが速い。
 遅れないように、リザも足早についていく。
「寝不足か?」
 素っ気ない声で、彼はリザに訊いた。
「どうしてですか?」
「隈ができてる」
 ちゃんとコンシーラーで隠しているのに、わざわざそんなことを指摘しないで欲しい。
「中佐こそ。」
 リザはそう言い返した。
「目の下が真っ黒ですよ。」
「・・・本を読んでたんだ。」
「何時までですか?」
「朝方だ。途中でやめられなかった。」
 こつこつこつ。
 しばらく無言で歩き、手洗いの前で彼は足を止めた。
「ちょっと顔を洗ってくる。」
「私もメイクを直してきます。」
「わかった。急ぎの用はないし、私は執務室に戻っている。あとでコーヒーを頼む。」
「承知しました。」
 手洗いの前で別れる。
 メイク用品は更衣室のロッカーにあった。鏡もあるのでそこでメイクを直す。
 我ながらひどい顔をしていた。
 1度メイクを落とし、最初から丁寧にやり直した。

 ついてきてくれるか、と彼は問いかけた。
 それなのに彼は、リザがついてきているかどうかを確かめようとはしない。
 そんな彼の態度はリザを苛立たせた。
 確かめないのは、リザを信用しているからではないのだろう。
 リザがついていくことをやめると決めた時、いつでもそれを受け入れるという彼の意思表示だ。
 お望みなら地獄まで、と彼に告げた。
 けれども彼はきっと望まないのだ。
 彼の足音が遠ざかる。
 リザはそれを必死で追いかける。
 彼はリザの足音など気にしない。
 ただひたすら1人で邁進し続けている。
 彼は1人で地獄へ向かうつもりのように見える。
 やるせなくて、悲しくて、とても苦しい。

「コーヒーをお持ちしました。」
 執務室に入ると、彼は珍しく真面目に書類仕事をしていた。
「ありがとう。」
 彼は顔をあげて背伸びをした。
「そっちの応接においてくれるか?」
「はい。」
 リザがコーヒーを置くと、彼はソファにどかっと座った。
「少尉、怒らずに聞いて欲しいんだが。」
「なんですか?」
 どくん、と心臓の音が聞こえた。
 脈が速くなる。
 動揺を悟られないように、努めて表情を消した。
「別に私は自分をおろそかになんかしてないぞ。」
 そう言って彼はコーヒーを飲んだ。
「君に『大っ嫌い』と言われるとさすがに堪える。」
「すみません。」
 そう言ってリザは目を伏せた。
「あの、本心ではありません。つい勢いで。申し訳ありません。」
「うん。私も自己否定が過ぎた。すまない。」
 彼は微笑した。
「ところで昨日のは本気か?」
「何がですか?」
「中佐が幸せにしてくれればいい、って言ったろ?」
 自分の言葉を繰り返されて、リザの頬に朱がはしった。
「言葉のあやです。忘れて下さい。」
「そうなのか?なあ、少尉。昨日、一晩中考えていたんだが・・・」
 さっき本を読んでいた、と言ってなかっただろうか。
「君の幸せ、っていうのは結婚とか子どもとかとは違うんだろう?ヒューズのとこみたいな。」
「・・・そうですね。」
 リザは頷いた。
「私はどうすればいいと思う?つまりその、君を幸せにするために。」
 真面目な顔でそんな問いかけをしないで欲しい。
「知りません。自分で考えて下さい。」
 ぶっきらぼうにそう言って目をそらすと、ククッと小さく彼は声を出して笑った。
「わかった。君の幸せは私が考えておくよ。」
 どうしてこの人は私に対していつも保護者目線なのか。
 いつもいつもいつも、この子ども扱いが非常に腹立たしい。
「そんなものよりご自分の幸せについて考えたらいかがですか?」
 皮肉のつもりでそう言うと、彼は肩をすくめた。
「そうだな。それについては君が考えてくれればいい。」
 言われた意味がわからず、リザは呆気にとられた。
 彼はコーヒーを飲み干すと、立ち上がってリザの肩を軽く叩いた。





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