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「Et cetera」
-2018年6月~12月

名前を|Roy side

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 君の名前を呼んでいいかな。

「中佐、起きて下さい。」
 少尉の声に、ぼんやりと意識が覚醒する。
「こんなところで寝たら風邪引きますよ。」
 覗き込んできた少尉の顔が思いのほか近かった。寝ぼけていた私は思わずキスしそうになったが、寸前のところで自制した。
「何時?」
 彼女を押しのけるようにして、私は横になっていたソファから起き上がった。
「11時前です。」
 彼女はハンガーから自分のコートを外して羽織りながら、私の方を向いた。
「私は帰ります。中佐はベッドで寝て下さい。」
「送る。」
「お疲れでしょう。私は1人で平気ですから。」
「送る。」
 重い体を動かして立ち上がり、私は大きく息をついた。
 確かに疲れている。頭も肩も背中も強張ったまま引きつるように痛い。
「送る。」
「無理しなくていいですよ。」
 困ったような顔で眉を下げて、彼女は言った。
「わざわざうちにきてご飯作ってもらってるんだから送るぐらいさせてくれ。」
「私が好きでしてることです。」
「だったら私も好きにする。」
 ようやく諦めたように彼女は肩をすくめた。
 
 少尉、と私は彼女を呼ぶ。
 軍服の彼女をそう呼ぶことに違和感はない。
 彼女を部下にした当初は意識して距離を保っていたこともあり、呼び方にもすぐ慣れた。
 しかし最近様子が変わってきた。
「寒いですね。」
 白い息を吐きながら彼女はそう言った。
「手袋はどうした?」
「そろそろ必要ですね。」
「もう12月だぞ。」
「そのうち買います。」
 私は彼女の手を握って、自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「歩きにくいです。」
「うるさい。」
「片手が使えないと何かあったときに不便なんですけど。」
「何かあったときに手がかじかんでる方が不便だろ。」
 むう、と頬を膨らませて彼女は黙った。
 一瞬幼さの浮かんだその顔が、「リザ」と呼んでいた昔を思い出してしまう。
 無性に苛立ちが募るのは、たぶん疲れているからだろう。
 理由もなく早足になった。
 文句も言わず、彼女はついてきた。
「中佐。」
 彼女が私を呼んだ。
「なんだ?」
「どうして私に構うんですか?」
 抗議ではなく、抑揚すらなく、さらにいえば疑問系にも聞こえない声で淡々と彼女は言った。
「お疲れなんでしょう。私のことは気にせず、家で寝て下さってていいのに。」
「疲れてるよ、とてもな。」
 あくまで他人行儀な彼女の態度が癪にさわった。
「だからって君を気にせず家でぐっすり寝られると思うのか?」
 苛立ちから、棘のある突き放したような言い方をしてしまう。あとで自己嫌悪に陥ることはわかっているのに。
「気になりますか?」
「気になるんだよ。どうして、なんて訊くなよ。理由なんか知らん。君を気にして朝まで眠れないよりは、君を送り届けてちゃんと寝る方が健全だろう。」
「・・・今帰りました、って私が電話すればいいですか?」
「間違いなく君が家から電話してる、ってどうしてわかるんだ?」
「そんなの屁理屈です。」
「自覚してるよ。」
 彼女のアパートの前で足を止めた。
 彼女の髪に触れると、濡れたように冷たくなっていた。
「なあ、・・・少尉。」
 距離が近い。
 彼女は軍服ではなかった。
 職務時間外に私服で私の家に上がり込み、私のために食事を作って小言を言って、仕事に関係のないくだらない話もして。
 だから思い出してしまう。
 まだ私が、彼女を名前で呼んでいたときのことを。
 あの時は家族だった。彼女は女性ではなく妹だった。
 今は違う。少なくとも私にとっては。
 彼女の額に軽く唇で触れた。
「私を呼んでくれ」
「中佐を?」
「うん」
「中佐」
「・・・うん」
 私は彼女の背中に手を回して、空を仰いだ。
 抱きしめはしなかった。ただ軽く彼女に触れていた。
 いつになく距離を詰めた私に、彼女は戸惑ったようだった。
「中佐?」
 彼女は小さな声で私を呼び、私のコートを軽く握った。
「どうしたんですか?変ですよ、今日。」
「なんでもない。疲れてるんだ」
「疲れてるだけ?」
「ああ。ありがとう、・・・少尉。」
 リザ、と呼びたかった。

 いつかこの先。10年先でも30年先でも。
 たとえば死ぬ間際でも構わないから。
 いつかもう一度、君の名前を呼んでいいだろうか。




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