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「Et cetera」
-2018年6月~12月

名前を|Riza side

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 ソファでうたた寝をしていた彼が、名前を呼んだ。
 リザ、と。

 いつになく頑ななときがある。
 視察に来た中央の高官と長く対峙したあととか、残業と接待が続いた時とか、他支部の不始末を押しつけられた時など、大抵は精神的に疲弊している時だった。
 今日もそんな夜だった。
 リザは同行できなかったが、昨日彼は中央の会議に出席していた。乗り込めた汽車は最終だったと聞いている。
 今日はその報告を東方司令部トップのグラマン中将にあげ、あとは留守中にたまっていた書類を片付けていた。
 円滑な会議でなかっただろうことを、目の下の隈が雄弁に物語っている。
 急ぎの仕事以外は全部明日に回して、今日は早めに帰宅した。
 いつもは饒舌な彼が、今日は口が重かった。
 彼の好きなクリームシチューを作ったが、いつもほど食も進まないようだった。
 リザが食器を片付けている間に、彼はどうやら眠ってしまったらしい。
 勝手に帰宅すると不機嫌になるので11時頃まで本を読んだりして時間をつぶしていたが、さすがにこれ以上遅くなると明日に障る。
「中佐。」
 彼を呼んで肩を叩くと、彼は眉間にしわを寄せた。
「リザ。」
 そう呟いて、彼は大きなため息をついた。

 家までの道すがら、彼はずっと不機嫌だった。
 大股に早足で歩く彼に待って欲しいとも口に出せず、リザは小走りになりながらついて歩いた。
 お疲れなんでしょう、と問いかけると、ぶっきらぼうに「疲れている」と返ってきた。
 それなら放っておいてくれて構わないのに、「君が気になって眠れない」と彼は言う。
 彼が何に苛立っているのか分からなかった。
 鼻の奥がツンと痛くなった。たぶん寒さのせいだろう。
 彼が足を止めた。
 息が切れそうになっていることに気づかれないように、リザはぐっと息を止めた。
「なあ、・・・少尉。」
 ためらいがちに上げられた手が、リザの髪をなでる。
 一瞬額に彼の唇が触れた。
「私を呼んでくれ。」
 懇願するようにそう請われ、リザは戸惑った。
「中佐を?」
「うん。」
 なんて呼べば?
 そう訊きたくなるのを、リザはぐっとこらえた。
「中佐。」
 リザ、と。
 さっき無意識にそう呼んだ彼の声が耳の奥に響く。
「中佐?」
 人の背中に手を回しておきながら、抱き寄せようとはしない。
 家族でも恋人でもない男の距離感に困惑したまま、リザは彼を呼んだ。
「どうしたんですか?」
 距離が近すぎて、彼の顔が見えない。
 彼のコートをつかみ、彼の肩に額をつけてリザはそう訊いた。
 はあー、と彼は長く息を吐いた。
「なんでもない。」
 結局彼はそう言った。
「疲れてるんだ。」
「疲れてるだけ?」
「ああ。ありがとう。」
 少尉、と彼はそう呼んだ。

 リザ、と。
 彼がリザに向かってそう呼ぶ日はもうないだろう。
 リザはそれを許さない。
 彼自身もそれを許さない。
 だからせめて、彼が無意識にこぼしてしまったその音を、その響きを。
 ただ1人の秘密として、大切に胸にしまい込んだ。




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